フィクション

「舟」

夜行バスで明け方駅に着くと、もらっていた切符で改札をくぐった。 自動ではなくて鋏を入れる。駅員に表情はなく、腕の先が動いて返すだけ。 階段を上り、温泉地や交通安全の色褪せた広告がポツリポツリと貼ってある中を歩いた。 階段を下りて吹きさらしの、…

「Room 517」 

大晦日を知らない町のビジネスホテルで過ごす。 そんな人がどれぐらいいるのだろうか。 フロントで隣に立っていたくたびれた男性はコートの下にスーツを着て、出張のようだった。 世の中にはそういう仕事もある。 三が日の初売りの手伝いで派遣されたのかも…

試作2

ブースター、一段目のエンジン、タンク、二段目のエンジン、タンク。 下からパーツを切り離していきながらどんどん上昇を続けていく。 3分もしないうちに、一般的に「宇宙空間」とされる高度100kmを超えた。 空気抵抗が弱まり、フェアリングという先端のカ…

試作1

ゆっくりとした、落ち着いた声でカウントダウンが始まった。 カレンは側にいた誰かに手を握られて、自分も握り返した。 このとき初めて気づいたかのように、改めてその大きさに驚いていた。 それは遠くにあって、雲ひとつない空の日差しを浴びて白く輝いてい…

演劇部ものの出だし

演劇部の部室。4畳半もない狭い部屋。 壁や天井はポスターで埋め尽くされている。 野田秀樹や松尾スズキなどによる東京の有名な劇団。新しいものではなく色褪せている。 他に演劇コンクールの県大会。何年か前の自主公演。 演劇には関係のない、アイドルや…

「Listen, the snow is falling.」

徹夜明け、研究室を出て屋上で煙草を吸っていると今年最初の雪が降ってきた。 ハラハラと白く零れ落ちてくる。 冷たくなった柵にもたれてみる。下を見ると、地上を何人か歩いていた。 何も気づいてないようには足早に去っていく。 まだ雪がそこまで届いてな…

「新世界」

主人公はふとしたことからふたつの世界を行き来するようになる。 現実世界では凡庸なサラリーマンだ。 毎日毎日同じことの繰り返し。 ちょっとしたいいこともあれば、不愉快で理不尽な思いを受けることもある。 疲れて帰ってきて缶チューハイを飲みながらテ…

Noise Latitude

小説よりも映画向けの内容。 世界の果て、世界の終わり。 人気のない海辺。 文明は崩壊し、生き残った人たちがひっそりと暮らしている。 巨大な音が上空から聞こえる。 ゴウゴウという風の音ではない。 自然の音ではなく、かといって人工の音ではなく。 それ…

燐火

残業を終えて、二本乗り継いで帰ってくる。 妻は明日まで北海道に出張。蟹の写真が LINE に送られてきた。 改札を出たところで「岡村さん」と声を掛けられる。 振り向くと星野さんだった。 「ちょうどよかった。これから、どうですか?」 駅ビルの中はサイゼ…

「あなたがこれまでに食べた一番おいしい食べものはなんですか?」

どちらもくることはなく、かなり時間がたってから先生がきてくれた。 たのんでもいないのに。肩でハーハーいってた。 いつものヨレヨレのネクタイと背広で。 すこしはなれたところから見てたら小声でなんかいってて、 何回も何回も頭をさげていた。 そんなこ…

バラクーダ1

ジジジ、ジジジジー ジジ、ジジー 暗闇の中、天井から斜めにぶら下がった蛍光灯が 時々じんわりと点いては消える。 それだけでも彼らにとっては眩しいくらいだ。 ふたりの姿が水面に歪んだ影を投げかけていることは気づいていなかった。 「くるよ」ヤスを構…

バラクーダ

東京の地面の底を巨大な魚たちが泳いでいる。 広大無辺の暗闇。汚れた水がしたたるのを避けて地中をゆく。 大きいのは1mを超える。3mや10mもある。 壁を抜けて、下水管を伝って地上まで近づく。 バシャバシャと跳ね回るがその姿は普通の人間には見え…

「listen, the snow is falling」

構想。メモ。 どちらかというと映画の脚本として。 - チヅヨはIT業界の大手企業に勤めるシステムエンジニア。 40間近で今は現場から離れ、計数管理などの中間管理職的なポジションにいる。 スタッフ部門の異動を繰り返すぐらいで、この先たいした未来はない…

その女の子はいつも一人で遊んでいる。 ボロボロになった人形であるとか壊れた傘であるとか。 伏目がちな少女は声を発することがない。 公園の横の駐車場は閉鎖されていて 通りかかる大人たちも少女のことは見てみぬふりをしている。 公園には決して足を踏み…

とある地球型惑星に関する覚書

メモ。 その星では生まれたときから子ども時代までは皆 それぞれの顔つきで背丈も肌の色も放つ匂いも千差万別だが、 成長するにつれて皆外見が同じものになっていく。 大人になると完全に見分けがつかない。性別の違いもない。 顔から目・鼻・口・耳が失われ…

学生時代

あれはもう二十年も前のことだ。 僕は19か、20になる頃。 今の若者には考えられないだろうけど スマホどころかそもそも携帯電話がようやく世の中に出回り始めてて 田舎から出てきた大学生には到底もてそうにないものだった。 ポケベルがもてはやされたたった…

津軽を舞台にSFが書けないか

津軽/青森を舞台にSFが書けないか、 連作の長編・短編のシリーズができないか、ということを考える。 土着的、というか生活感溢れる現実の場所を舞台にしたSF作品。 東京といった大都市ではなく。 (青森を舞台にしたミステリーだと 西村京太郎が「ゆうづる…

見殺し

こんな場面を考える。 主人公は上司なのか顧客なのかとても気に食わない人物と日々接している。 その言動にはことごとくイラッとさせられ、殺意を抱くことも多い。 とにかく人の話を聞かない。聞いたら聞いたで都合よく話を捻じ曲げられる。 普段言ってるこ…

短編のアイデア

・この世界はあるときから、空に何かが浮かんでいるようになった。 それがどういう形をしてどういう色をしてどういう大きさなのかは 人それぞれ違う。 それは何をするわけでもない。ただ、浮かんでいる。 時々色や形が変化する。 ・全く同じものが見えるとわ…

情景2

最初の雪が舞い降りてきた。 ゆっくりと、ゆっくりと、静かに。 目の前をふっと通り過ぎて 白い地面にかき消される。 見上げると次のひとひらが続いていた。 やがて無数の粒子が降り注ぐ。 分厚く重なり合った灰色の雲の隙間から 果てしなく、時間が止まった…

情景

雪が降り続く。 先ほど落ち着いた風がまた強くなった。 「娘」の手を握っている。 分厚い手袋越しに、あるはずの指がそこに感じられない。 歩き続けるうちに湖に出た。右側に広がり始めた。 一段低くなって、しんと静まり返って、凍りついている。 雪の塊の…

「人形」

深い森に閉ざされ、 外界から隔離された村に主人公17歳は迷い込む。 そこには子どもしかいなかった。 最初に道端で出会った子どもは男性と女性、 ふたつの人形を両手に引きずりながら歩き、 立ち止まって話しかけていた。 原因不明の病いにより、ある朝目覚…

ネタを考える

誘拐事件。 身代金を要求するんだけど、犯人のひとりはその事件を担当する捜査一課で… というので考えてみる。でも、既に書かれてるかな。 単独犯はさすがに無理。 例えば夫婦で犯行に及ぶ。 女には、警官の夫を巻き込むぐらいの強い動機がなければいけない…

Rain King

これでもう雨が3週間降り続けている。 ドアの外から漏れ聞こえてくる嗄れ声に聞き耳を立てると 既に7階までが水に浸かっているようだ。 ここ8階まではあと2日か、3日か。 下の階から逃れてきた避難民たちが廊下を埋め尽くし、 生気のない荒れた空気の漂…

幽霊酒場

キャラクターを考えていて、 酒を飲むと霊感が強くなるというのはどうだろう、と思った。 2・3杯飲んでるうちは平気なんだけど、 酔いが回ると見え出す。 男は今晩もいつもの赤提灯へと向かう。 カウンター7席と小上がりのテーブル4人席だけの古い店。 …

鬼雨

あの地方では年に一度鬼が降って来るという。 天の底が抜けたかのような土砂降りの雨のことではなく、 文字通り無数の鬼が、夜が明けるまで降り続ける。 湯気の立つ真っ赤な肉の厚い山のような体に 長い年月の間にくぐもってひびの入った角。 幾重にも折り重…

鳥籠

昨晩は「温室」の塚田さんのワークショップに参加した。 「いつかのものがたり 〜花を活けることと小説を書くこと〜」 若い小説家の方が自作の作品を読み、塚田さんがそれに合わせて花を活ける。 http://onshitsu.com/2015/03/04-210701.php 天井から吊り下…

近未来

今朝方考えていたアイデア。 近未来。 その人の見ることのできる夢の総量が決まっていることがわかった。 測定も可能。 見終わったとき、死を迎える。 裕福な人たちは最新のテクノロジーを使って夢を見ないようにする。 彼らの脳波の動きが恒常的に変化する…

断章

待ち合わせは改札を出てすぐの柱だった。 まだ十一月だというのに二子玉川の駅は ショッピングセンターで囲まれた吹き抜けの大きな空間に 巨大なクリスマスツリーが飾られて賑やかだった。 「街はイルミネーション」と誰かが歌っていたのを思い出した。 「街…

夕暮れの散歩

夕暮れの散歩。二子玉川へと向かう坂道を下っていく。 特に用事もないけれど、どこかに出かける余裕もなく。 デパートに行って上から下まで見て回って、 「あ、これいいね」「いつか買えたらいいね」 そんなことを言い合って帰ってくる。 一緒に住み始めたば…