本を出した出版社が倒産した その1

月曜、会社から帰ってきたら郵便受けに東京地方裁判所からの封筒が入っていた。
心臓が止まった。
普通に暮らしていたら、心臓止まると思う。
このご時世、いつどんなときにトラブルに巻き込まれるかわかったもんじゃない。
そして遂にこの僕がトラブルに巻き込まれたわけだ。
酔った勢いで違法なアダルトサイトを見て100万円の請求書が発行されたのに
気付かずにほっといてたとか。
なんか、やらかしたのではないか。


刑事ではなく民事だというのがせめてもの救いか。
でも思い当たるフシが全くない。
恐る恐る開けてみる。


「債権者説明会御案内」とあった。
・・・債権者??


よく読んでみる。
僕が昨年出した旅行記「突然ですが、僕モロッコ行ってきます」の出版社である
碧天舎」が倒産したということだった。


破産管財人が管財業務を進めた後、
裁判所での正式な債権者集会が行われるのは7月末。
それまで出版社側から何の説明もなしというわけにいかないから、
急だけどその説明会を開くということか。
「今日の事態を迎えるに至った経緯、今後のスケジュールについてご説明致したく」とある。


破産。
平たく言えば出版業界の競争の激化により資金繰りが困難となった、ということだった。


封筒にはこの説明会ご案内と、会場の地図、そして「破産手続開始通知書」が同封されていた。
 ①破産者に対して債務を負担している者は、破産者に弁済してはならない。
 ②破産者の財産を所持している者は、破産者にその財産を交付してはならない。
とある。
普通に暮らしていればこういうの、無縁だと僕は思っていた。
でも、30年も生きていれば、出くわすこともあるんだな・・・


変な言い方だが、後学のため、
6日の木曜に行われるこの説明会に行ってみたくなった。
世の中がどんなもんなのか、見てみたくなった。
上司の了解を得て、6日の午前は休みを取った。

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破産については、「青天の霹靂」ってことでもなかった。
日本には小さな出版社が星の数ほどあるし。
どこが倒産したっておかしくない。


しかも碧天舎のような自費出版で出したがっている人を相手にした商売って、
そんな景気のよさそうなものとは思えない。
「本を出したい、自費出版でいいから」という人が世の中には数多くいて
1年間に出版される書籍のうち、3分の1だったか3分の2だったかが自費出版なのだという。
(僕なんかも結局のところ、全額出したわけではないけれど、
 店頭や amazon で買える自費出版みたいなものだ)


それでも儲かりそうな感じがなんとなくしない。
薄利多売。イメージの問題でしかないけど。


そして今、同じ分野の出版社では文芸社新風舎など
新聞にもバンバン広告を出していて勢いのあるところがその存在感を増している。
碧天舎は競争に負けたということか。

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先週、mixi にて見知らぬ方から突然メールが来て、
そこには、6月出版予定だったのに
出版社より「スケジュールを見直したい」という手紙が届いて、
その後電話をしてもつながらなくなった、とあった。
どういうことなのか情報を集めている、
岡村さんも知っていたら何か教えてほしいということだった。
3月20日発売予定だったのに出版されなかった人もいるようだ。


僕はノンキにもその人への返事には、
「いや、僕は普通に出せて特に困らなかった、編集の人たちも普通だった、
 人生の思い出作りとして出した意味合いが強く、今のところ何も困っていない、
 この本で食ってくつもりがあるわけでもないし」
みたいなことを書いてしまった。
今、後悔している。


実際にはとてつもない心身の苦痛を受けている人がいるのだということを
僕は6日の説明会に出るまで、考えもしなかった。

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6日朝、丸の内線に乗って、霞ヶ関弁護士会館へ。
もちろんこういうところに来るのは初めて。
2階の大ホールへ。
受付で「債権者説明会・式次第」とその他配布資料を受け取る。
式次第、社長の挨拶というかお詫びの文面、「破産手続の流れ」それに「清算貸借対照表
実質的な資産残高約300万円に対し、負債は8億6千万。


大学の階段教室のような会場には既にちらほらと「債権者」が座っていて、
まだ数は少ないのに、どんよりと重苦しい雰囲気を発していた。
僕は後ろの方に座った。
10時になると大勢入って来て、広い会場は席が足りないぐらいになった。


司会役の碧天舎取締役、社長、代理弁護人の3人が向かい合うようにして、前の席に座る。
正確にはなんと言ったのか覚えてないんだけど、
司会が最初に「皆様、本日はわざわざお越しいただき・・・」と言うか言わないかのうちに


「聞こえねぇんだよ!!」


と罵声が飛ぶ。
その後2時間の間、代理弁護人が何を説明しても、野次や罵声や怒号が飛び交った。


怖くなってきた。
「こういうのって荒れるんだろうな」と思っていたけど、想像以上だった。
風邪引いて寒かったってのもあるんだけど、ずっと細かい震えが止まらなかった。
剥き出しの敵意に対する怖さだけじゃなく、
僕は場違いのところにいるんじゃないか、
この人たちの受けた痛みを僕は共有してなくて
僕もまた敵の1人と思われてしまうのではないか。
そんな怖さがあった。


(続く)