弁当というもの

結婚してから週の半分は弁当を持っていくようになり、
妻が忙しいときもあるから僕がつくるというときも週に1度か2度ある。
逆に僕が時間あるからと日曜の夜作ることも多い。


たいした物はつくらない。
ソーセージを炒めたものが好きなので自分でつくるときは必ずと言っていいほど入れる。
後は卵焼き。レタス。ミニトマト
夜、冷蔵庫に余ってた野菜や冷凍しておいた肉を炒めてつくったおかずを
弁当用に少し残しておいたり、隙間に冷凍食品を詰めることも多い。
この前は週末にきんぴらごぼうをつくっておいた。


毎日つくるのって大変だな、と今更にして思う。
母は僕が中学生、高校生のときにずっとつくっていた。
僕が高校を卒業しても2学年下の妹のためにつくっていた。
昨晩の残りとか、スーパーで買ってきた惣菜とか、冷凍食品とか。
たまにカツ丼をつくってくれることがあって、あれが月に1度か2度の楽しみだった。


今は職場に電子レンジがあっていつも温めているが
あの頃は学校に電子レンジなんてものはなく、冷めた弁当を食べていた。
それが普通だった。それでも十分おいしかった。
今の中学校や高校の教室や廊下には電子レンジはあるのだろうか?
さすがにないか。職員室にはあるんだろうけど。


妻にそのことを話すと、冬はストーブがついてるから
そこに乗せておけば温められるんじゃないかと。
その発想はなかった!
どうしてそうしなかったのだろう?
いくつか理由が考えられる。


・そもそもストーブというよりむき出しのスチームで、
 触るとやけどするようなものだった。
 弁当箱を乗せるとたぶん焦げるか溶ける。


・匂いのあるものを温めるとそれが漂ってきて
 授業どころではなくなる。


・もし置けたとしても全員分の弁当を置くだけのスペースはなく、
 置いてよい人のカーストが生まれる。


そもそもその当時の概念として、弁当とは温めてたべるものではなかった。
外で買った弁当も温めはしなかった。
ほっかほっか亭の弁当は単純な話、できたてが温かいからよかった。
冷めたからといって温め直しはしなかった。
東京に出てきてコンビニ弁当というものの存在に出会って初めて、
弁当は後から温めなおしてよいのだということを知った。
それはささやかながらもカルチャーショックだった。


そんなわけで今週も来週も何度か弁当。
なお、いつからか弁当を持っていくときは僕だけが得するのも悪いので、
500円を貯金箱に入れている。
昨年年末に開けてみたら結構な額になっていた。
それで妻と飲みに行って、カラオケ。
今年もいくらになっているか、楽しみだ。