印刷博物館で汁講

日ごろはネット上でやりとりをする編集学校。
妻が今期、師範代として教室を持って教える立場となり、
そのオフ会である「汁講」が本日開催されることになった。
それまでメールだけでやり取りをしていた人たち、
しかも年齢も職業も住んでいる場所もバラバラの人たちと
現実に顔を合わせる場というのはなかなか面白いものであって。
自分が担当していない教室の汁講にもたくさん顔を出してきた。


豪徳寺の編集工学研究所を訪問するのが目的となるため、
どの教室も最初の開催地は東京近辺となる。
あれこれ調整していたらたまたま、ランチが飯田橋の「Canal Cafe」となって、
その後江戸川橋印刷博物館に行くことになったので
じゃあと僕も飛び入り参加することにした。


しかし、仕事の方が最近雪玉が転げ落ちるようにそれどころじゃなくなってきて…
無邪気にフル参加してる場合ではなくなった。
月曜締切の資料を作ってる暇がなく、今回の PJ で初めての休日出勤。
7時に起きて8時半出社。資料を作り始める。
11時に飯田橋の駅に集合して、11時半に Canal Cafe と聞くと
歩いて1分の場所にあるので(背後にビルが聳え立っている)
一度戻って資料の続き。いくつか埋めないといけないセクションを埋め、
そのために必要な資料を探す。


11時半からランチ。
12時半に食べ終えて、印刷博物館が14時からと聞くとまたもう一度戻った。
細切れだけど案外進むもので。
先ほど15時半に戻ってきて1時間ぐらいで出来上がった。
他にもやらなければならない仕事は山積みだけどこの日はこれで終わりにする。
自転車操業。明日できることは今日やらない。もうしょうがない。
夜は豪徳寺に行って飲み会に参加する予定。


印刷博物館のことを少し。
13時半、神楽坂を上った先にある「かもめブックス」で待ち合わせ。
ここの品揃えは尖っているのに、陳列はふわっと柔らかい。
(ここだけの話、例えば「B & B」みたいに疲れない)


そこから歩いて15分ぐらいかけて印刷博物館へ。
僕は2回目。やはり編集学校がらみで。
前回は1人でふらっと入ったけど、今回は妻が事前に申し込んで館内の
展示のプロローグ部分を案内してもらった。
ラスコーの壁画からグーテンベルク印刷機へ、最後に1964年のオリンピックのポスターという流れ。
軸は織田信長豊臣秀吉徳川家康それぞれ活字に関わりがあるという話で。
織田信長天正少年使節を派遣、ヨーロッパから活版印刷の技術を持ち帰ってくる。
豊臣秀吉朝鮮出兵の際に朝鮮半島で発達した活字を同じく持ち帰ってくる。
これがひとつになって徳川家康は自前の活字をつくってみた。
最初は木版で、うまくいったのを確かめると金属で。


もうひとつ知らなかったのは
グーテンベルグ自身が活字というものを発明したのではないということ。
活版印刷の技術であって、活字そのものは11世紀だったか既に中国で発明されていた。
グーテンベルクは紙やぶどう絞り機など既存のものを組み合わせたのですね。


その後、VRシアターへ。ヴァーチャル・リアリティー
ネットの時代、既にとっくの昔に印刷ってもはや紙の上にインクを、というものではなくなっている。
何かを表出するための地の部分と、そこに表出された図の部分とが組み合わさるならば
それは全て印刷となる。スクリーンに投射されたヴァーチャルリアリティーの映像もまた、そう。
今回の演目はモスクワ、クレムリン宮殿の中にあるウスペンスキー大聖堂。
壁一杯に並んだイコンに至るまで細かく再現されている。
それを映し出すカメラが前後左右、ゆっくりと自由自在に動き回る。
この情報量、作業量ってすごいな、と感心する。


企画展は「キンダーブックの90年」
クロニクルの展示となっていた興味深かったけど仕事に戻るため駆け足で割愛。
いわさきちひろの原画があったかな。
常設展もほぼ素通り。
簡単な印刷機4色・4台で絵葉書にカレンダーをつくるというのだけやって、
乾かしながら帰ってきて、会社の机の上に飾った。
2017年下期のカレンダーなのであと1ヶ月ちょい。
月火水木金土日が象形文字のようになっている。