難解すぎて今のところ使い道の無いSF的アイデア

我々が知覚する限りにおいて、
時間というものは1つの線で表されるような性質を持っている。


・・・FGHIJKLMN ・・・


常に一方向の流れ。しかもプラス1ずつ。
いきなりマイナス20、プラス100なんてことはできない。


タイムマシンというものが発明された時、
このマイナス20やプラス100を実現するようなものなのであるが
そんなこと可能なのだろうか?


SFによく出てくるテーマとして「並行世界」というものがある。
今我々が現実のものとして認識し日々生活している世界とは別に
似てるけど非なる世界がどこかに存在しているのではないか、という考え方。
登場人物たちはふとした弾みに世界の裂け目を発見し、迷い込む。
(多くの場合そこから脱出して元の世界に戻ってくることがストーリーの目的となる)
よくあるのは途中までは1つのものだったのが、
歴史上のある出来事を境に分裂してしまうというもの。
第2次大戦で勝利をしたのは枢軸側(ドイツ・イタリア・日本)だった・・・、とか。


このときその並行イメージはこんなものとなる。枝分かれ型。


・・・FGHIJKL M N ・・・
・・・FGHIJKL’M’N’・・・


ここで先ほどの時間の問題に戻る。


もし、この並行世界というものが実は無数にあるものだとしたら。
そしてそれは上記のような枝分かれとしてあるのではなく、
あくまで「歴史」として表される出来事の連鎖は1つしかありえなくて、
それが微妙に時間のずれたものの集まりだとしたら。


こんな感じで。(自分のいるところが真ん中の行だとする)


・・・EFGHIJKLM・・・
・・・FGHIJKLMN・・・ 
・・・GHIJKLMNO・・・


この例で表される文字の1つ1つの単位が秒なのかマイクロ秒やナノ秒なのかはひとまず置いておく。
とにかく「現在」という瞬間はどの世界にも確かにあって
それは今この瞬間同一のものなのであるが、
過ごしている歴史的地点そのものは異なっているのだということ。


となりの世界に移るのならば1秒先か1分前の世界であってあんまり意味は無いが、
莫大なエネルギーを元に壁を突き破りいくつかの中間の世界をすっ飛ばすことができるのなら、
10年前や100年先の世界ってやつに行けるのではないか?


世界の群はこんなマトリックスを描く。


ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTU
BCDEFGHIJKLMNOPQRSTUV
CDEFGHIJKLMNOPQRSTUVW
DEFGHIJKLMNOPQRSTUVWX
EFGHIJKLMNOPQRSTUVWXY
FGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
GHIJKLMNOPQRSTUVWXYZA
HIJKLMNOPQRSTUVWXYZAB
IJKLMNOPQRSTUVWXYZABC
JKLMNOPQRSTUVWXYZABCD
KLMNOPQRSTUVWXYZABCDE


このようにした方が分かりやすいかもしれない。
その人がそのとき存在する時間的地点を真ん中の行のゼロとするならば。


・・・−6−5−4ー3−2−1 0・・・
・・・−5−4−3−2−1 0+1・・・
・・・−4−3−2−1 0+1+2・・・
・・・−3−2−1 0+1+2+3・・・
・・・−2−1 0+1+2+3+4・・・
・・・−1 0+1+2+3+4+5・・・
・・・ 0+1+2+3+4+5+6・・・


これまでに述べてきたことを見方を変えて言うと、こういうこと。
時間とは「1つの線で表されるような」ものではなくて、
人間というものが1つの線という形でしか知覚できないがゆえに
そう思い込んでいるだけであって、
実際には上記みたいなパターンを形作るような、
X軸・Y軸を持つものなのではないか?


もっと言うと、3次元で表される座標というものが
X・Y・Z3つの値によりマッピングを行うものであるのなら、
それは時間に対しても当てはまるのではないか?
時間という概念もX軸・Y軸・Z軸を持たなくては
空間という概念に吊り合わないのではないか?


「タイムマシン」に乗って過去や未来に飛んでいくとき、
そして過去や未来の自分と遭遇するとき、
あなたは自分自身の過去や未来と会うのではなく
別の並行世界のもう一人の自分、自分そっくりな誰かと会うのである。


そして「現在の自分」が過去の自分を殺してしまったら
「現在の自分」が消えてしまうのではないか、
消えてしまうのなら過去の自分を殺すことはできないではないか、
時間の移動というものをテーマにしたときに
よく引用されるこのパラドックスには別の解決方法が見出される(はず)。


・・・なんてことをツラツラと考えてみたのであるが、
これぐらいのこと既に誰かが考えていて作品にしてしまってるんだろうなー。


時間と空間のロンドを僕たちは踊り続け、
そのステップを踏み外すことはそうそう簡単にはできない。
体の中、細胞の1つ1つにそのステップが染み込んでいて
そこに音楽が鳴り渡るのならば体が自然に動いてしまう。
そして僕たちはそのことに気付いていない。永遠に踊り続ける。
絶え間ない音楽が僕たちの生活を、この世界を満たしている。