冷たい夜の匂い

「なんで死ななくちゃいけないんだろうな」
「わかんないよね」
「わかんない。意味がわかんない」


真夜中の公園。僕ら2人は酔っ払ってブランコに乗って揺れていた。
学生時代の友人の女の子が突然自殺して、
それをきっかけに(と言うと変だけど)あの当時の仲間が集まって飲んでいた。
明日はどうせ土曜だから昔みたいに朝まで飲もうぜ、そんな展開になった。
何人かは終電で帰って、何人かは次の店に移った。
ヨーコと僕もどうせ終電ないし、と行くつもりでいたのだが
もたもたしているうちにはぐれてしまった。
誰かを携帯で捕まえて店の場所を聞いてみる。
少し離れた場所にあるようでお互い酔ってるから「どこ?」っていうのが要領を得ない。
ヨーコと2人歩いているうちに住宅地に入り込む。
「ここじゃねーよな」なんて言ってるうちに公園を見つけた。


「飛び降りた時にさー、彼氏が側にいたんでしょ?」
「らしいね」
「どうしてそんなことができるんだろう」
大学の時から精神的に不安定なところってあったよね、とヨーコは言う。
「浮き沈みが激しいって言うかさ。いきなり笑い出すし」
社会人になってから1年近く連絡が取れなかったのは、
入院してその後で実家で静養していたからだ。みんなそう思っている。


彼女はそのときに何を感じて、何を見たのだろう?
飛び降りる前。飛び下りた後。地面に激突する瞬間。
ヨーコは地面を蹴って、勢いよくブランコを漕ぎ出した。
逆に僕は揺れていたのを停止させた。
僕は言う。
「いつだったか、あいつが俺の目をまっすぐに見詰めたことがあって。
 どうした?って聞いても何も答えなくて。表情がなかった」


ヨーコは何も言わない。
僕は立ち上がって、水飲み場まで歩いていった。
手を洗って口をゆすいだ。
無心になってブランコを大きくこいでいるヨーコの姿が見えた。
月明かりに照らされている。
僕がブランコまで戻っていくとヨーコは足の力を緩めた。揺れが次第に小さくなっていく。
「ね、競争しない?」とヨーコが言う。「どっちが高くまで行けるか」


僕は無言のまま軽く笑って、ブランコを漕ぎ出した。
ギシギシとチェーンがきしむ。
両手で握った鉄の輪がひんやりとしている。
目の前の光景が押し寄せては消えていく。
気がつくと僕はかなり高いところまで行っていた。
ちらりと横を見るとヨーコを軽く追い越していた。
僕は両足をさらに大きく振り上げた。
「ねえ、小さいときってこっからジャンプして、どこまで遠くに飛べるかってのをやったよね」
僕はその気になっていた。
1度やり過ごして、次の頂点に達する直前に前方へ身を投げ出す。
「やめなよ」とヨーコは笑う。
僕はその声を聞いて全身の力を抜いた。
そうだな、ばかばかしい、と思った。
何回か無駄に往復した末に揺れがかなり落ち着いたところで、僕は軽くジャンプした。
「よっ」とか言いながら。
ヨーコがパチパチパチと拍手をした。


行こうか、と僕は言う。
ベンチのところまで行って鞄を拾い上げる。
ヨーコは鞄の中に入っていたペットボトルのお茶を飲む。
「メールが来てた」と携帯を開いて読み始める。
「割とこの近くみたいよ」
僕らは公園を出た。
歩いてる人の姿はなく、通りは車が何台か走っているだけだった。
「満月」とヨーコが言う。僕は一瞬立ち止まって空を見上げる。


学生時代、大学の生協前の広場で彼女に偶然会って立ち話したことを思い出す。
「探し物をしてる」と彼女は言ってた。
何?と聞いても「ふふふ」と笑うだけで答えようとしない。
「ヒミツ」
その後僕と彼女は「最近暑いね」とかそういう当り障りのないことを話して別れた。
そこから先彼女に会うことはなかった、というのではない。
ただ、なんとなく思い出した。
季節で言えばちょうど今ぐらいの時期だったことは覚えている。


ヨーコが「見つけた」と言って地下への階段を下りていく。
ドアを開けると奥の席に友人たちがいた。にぎやかに酒を飲んでいた。
2人でどこ消えてたんだよ?と冷やかされる。
席を空けてもらって僕はテーブルの上のボトルから水割りを作ってもらう。
「おまえらどこで何してたんだよ?」と聞かれた僕は
「公園でブランコに乗ってた」と答える。