la la la human steps 「ameria」

13日に引き続き、6月19日の土曜日もダンス・パフォーマンスを見に行った。
la la la human steps」というカナダはモントリオールのカンパニーの来日公演。


モーリス・ベジャールの時と一緒で、僕は音楽からこのカンパニーのことを知った。
ドイツに Einsturzende Neubauten というノイズミュージックのグループ
(「崩壊する新建築」という名前の通りに削岩機やチェンソーといったものを楽器として使用する)
のリーダー、ブリクサ・バーゲルドが昔なんかの雑誌のインタビューに答えているときに、
最近の活動としてこのカンパニーのための音楽を作っていると語っていたのが最初の出会い。
奇妙な名前だったのでずっと忘れないでいた。
(作品で言えばたぶん「Tabula Rasa」の前の頃。
確かニック・ケイヴの来日公演にギタリストして参加したときのインタビューだったはず)


その後、90年代に入って沈黙を守り続ける My Bloddy Valentine のケヴィン・シールズ
最新音源が発表されたというので買ってみたらジャケットに
la la la human steps」の名前が。
「Exauce」「Salt」の2作品の音楽を集めたものと思われる。
(僕は吉祥寺の Disk Union でたまたま見つけて買った。現在は入手困難と思われる。
なお、今回の「ameria」の音楽を担当した David Lang の名前も作曲者として名を連ねている)


最近ではフランク・ザッパの遺作「The Yellow Shark」の解説にその名前を見つけた。
ドイツの現代音楽を演奏する室内楽団、アンサンブル・モデルンとの共演の模様を伝えるライブアルバムであり、
ザッパが手がけたオーケストラ作品の最高峰。
19の曲が収録されているが、そのうちの何曲かが la la la ... のために作曲されたものであるという。


そんなわけで先鋭的なロックミュージックが好きだと
このダンスカンパニーの名前と遭遇する可能性が高い。
そういえばデヴィッド・ボウイもコラボレーションをしたとかいうのをどこかで読んだことがある。
(プログラムを今見てみたら 1988年の「Look Back in Anger」という作品のようだ)


そんでどういうダンスなのかというととにかく高速らしい。
「e+」から来たメールには「超高速バレエ」とある。「閃光のようなダンス」「速度の快感」とも。
バレエといったら普通みんなゆったり優雅なものを想像するはずなのに
これはいったいどういうことか?一見ありえない結びつき。
エネルギーの奔流としてのバレエってことか。
80年代半ばに登場するやいなやダンス・パフォーマンス界に大きな衝撃を与え、
以来ずっとその最前線に留まり続けている。
演出家・振付師のエドゥアール・ロックはコンテンポラリー・ダンスに関する数々の賞を受賞し、
今や la la la に限らず幅広い活動を行っているという。


会場は「彩の国さいたま芸術劇場
なんでこういう都心から遠いところでやるんだろう?と初めのうちは不思議だった。
要するにここを基点とする恐らく埼玉県かさいたま市舞台芸術関係者が
こういうコンテンポラリー・ダンスに力を入れているからなんだろうな。
劇場でもらったチラシを見たらピナ・バウシュの舞踏団が来月来日してここで公演を行うとのこと。
(僕はこの人のことも気になっていたので新宿の方の公演のチケットを買った)
公演プログラムを見ると前作「Salt」は財団法人埼玉県芸術文化振興財団の招聘により
この彩の国さいたま芸術劇場にて6週間のレジデンス製作を経て完成されたある。
そのままこの劇場で初演されたのだそうだ。


さて、その閃光のようなダンスとはどういうものなのか。
舞台の上に男女が現れ、いきなり超高速で手足というか体全体を動かし始める。
フィルムの早回しのよう。
最初のうちは目が慣れず、残像が見える。
なんだこれは!?
あっけにとられてしばらくの間、口あんぐり開けて思考停止して、目の前の風変わりな光景を眺める。
ステージ上方から時折盾のような6角形で先の方が細くなった
特殊な形状のスクリーンがするすると下りてきて映像が映し出される。
静止したダンサーたちを回転しながら撮影したもの。
舞台の上では人が増えたり減ったりしながら「超高速」の様々なバリエーションが繰り広げられる。
超高速でダンサーを投げ上げて一瞬だけふわりと空中に浮かび上がりキャッチするという
このカンパニーが始めて有名になった例のリフトも出てくる。


音楽はヴォーカル、ピアノ、バイオリン、チェロというミニマムな構成で
ルー・リードによる「The Velvet Underground & Nico」の5つの歌詞に
音楽監督 David Lang が新たに曲をつけたもの(!)
僕が把握できた限りでは「I'll Be Your Mirror」「Sunday Morning」「All Tommrow's Parties」
この3曲が新しく生まれ変わっていた。
なんかこれだけでも斬新な試み。
しかもそれらは曲として儚い美しさをたたえたもので、奇をてらった表現では全くない。
(願わくば是非ともCD化を!)
4人のミュージシャンたちは通常はステージ後方にて演奏を行うのであるが、
時々ダンサーたちの側に立って絡むようにして演奏を行う。


ダンサーたちはふとした瞬間に立ち止まり、しどけなく横たわり、
そしてまた次の瞬間には激しく動き始める。
とてつもない運動量。
しかもこれって適当に動いているのではもちろんなくて確固たる「振り付け」が存在する。
これをこなすには正統的なバレエやその他コンテンポラリー・ダンスの素養がきちんとなければならないし、
毎日毎日かなりの時間をトレーニングとレッスンに当ててないとこんな「芸当」できるわけがない。
小さな頃からバレエのレッスンを続け、10代後半から20代に達した頃に疑問を持ち始める。
自分なりの表現というものを求めていった結果このカンパニーと出会い、
「異端」とされる舞踏団にて前衛的なダンスに入り込んでいく。
先週見たベジャールのより正統的なバレエ団で続けていくのも大変だが、
こちらのカンパニーで続けていくこともまた別な意味で大変だ。
それまでダンサーとしてどういう半生を送ってきて、
今こうしてこのような激しいダンスを機械のように正確に再現して世界中を公演して回っているのか。
1人1人に聞いてみたくなった。
どういう出会いがあったのか、手に入れたものは正しかったのか、
あなたのダンスは今後どこへと向かっていくのか?


1時間半の舞台にて表現されている内容は一切分からず。
理解不能だし、理解しても仕方ない。
男女の色恋沙汰だとか、生と死の苦悩だとか、ありがちなモチーフを当てはめて
そこに意味を見出そうとすることは、そしてそうすることによって
安上がりな安心感を手に入れようとすることは、ものすごくつまらないことに感じられた。
ただトータルな表現として「ameria」と総称される何かが存在し、
振付師とダンサーたちの自らと自らの属する集団に対する絶対的な確信によって
異形の物語が唐突に始まって唐突に終わりを迎える。
圧倒的なスピードで全てが展開し、静かに駆け抜けていく。
これはもう観た人にしかわからない。
でたらめなもの、適当に難解で前衛でよしとするいい加減なものではない。
表現として絶対的な「何か」がそこでは展開されていた。


「言葉によって語るのではなくいかにして身体で表現するか」ということはいつか
「言葉によって言い表せないものをいかにして表現していくか」ということにつながっていく。
そのとき、その手段が肉体によるものなのかどうかは些細な問題でしかなくなっているはずだ。
答えになっているかどうかは別として1つの問いかけ、
シンプルでものすごく力強い問いかけを見た、目撃したように僕は思う。


いつか機会があったら、もう1度観てみたい。
これはすごい。
世間一般に「前衛的」とされるダンスが優れた商品として機能し、
世界的な価値を持って流通されることなんてそうそうないわけなんだし。