風をあつめて4

駅で切符を買う。どこに行こうかと思う。
券売機の上に掲げられたJRの路線図を眺める。
赤、黄、緑、オレンジ、青。カラフルな線が入り乱れている。
今、新宿から左側にいる僕としてはどうしてもその右側に目が行く。
どこかに出かける、という気がしない。
わざわざ遠くまで行く必要はないんだけど、せっかくだからできるだけのことはしてやりたい。
女の子は僕の側に立っていて、同じように路線図を見上げている。


「水族館」と心に思い浮かぶ。
遊園地、ディズニーランド、葛西臨海公園葛西臨海水族園と連想が働く。
しながわ水族館、池袋のサンシャインの水族館、東京タワーの水族館。
都内にはいくつか水族館があるが、ここはやはり葛西臨海水族園だろう。


上京したばかりの頃の僕はちょっとした水族館フリークで
休みとなるとあちこちの水族館を見て回った。
海の近くで育ったわけでもなく、魚が好きなわけでもなく。
特に理由もなくはまった。
静かな、海の底にいるような、あの感覚が好きなのだと思う。
そういえばここ何年か行ってない。
半ば屈み込んで女の子に向かって「水族館で、いい?」と聞く。
「水族館は、どう?」ではない。
もう既に決まってしまったかのような口ぶりで僕は女の子に話し掛ける。
「うん」と彼女は頷く。


切符を2枚買う。1枚は大人、もう1枚は子ども。
切符を手渡す。僕の前に女の子を立たせて、先に改札をくぐらせる。
階段を上ってホームに向かう。
中央線がちょうど行ったばかりだった。
時刻表を見るとあと10分も待たなくてはならないことがわかる。
僕は女の子をベンチに座らせる。
「何か飲みたいものはある?」
「クー」
「クー?」
ああ、と思い出す。「QOO」のことか。
コカコーラの自販機まで行って「QOO」を探す。
オレンジとマスカットがあることがわかる。
オレンジを買う。持っていく。
「はい」と手渡す。
女の子は顔をしかめる。「これ、いや」
「オレンジ?」
「うん」
仕方なくもう1度自販機に戻って今度はマスカットを買う。
オレンジは僕が飲む。
自販機で同じものを買って駅のホームのベンチに並んで座って飲んでいると
「ああ、親子みたいだ」と思う。


「水族館は行ったことある?」
「ない」
「1度も?」
「うん」
「どんな場所か知ってる?」
「おさかな」
「そうだね」


電車がホームに入ってくる。
僕は女の子の手を引いて中に入る。
土曜とはいえ午前中の割と遅い時間なので中央線はそんなに混んではいない。
隅の方に2つ並んで空いている席を見つけて、そこに座る。
女の子を壁際の方にして、そこにスケッチブックを立てかける。


電車が走り出す。
ゴトンゴトンと揺れを感じる。
いつもなら電車の中では本を読んでいるので揺れていても気にならない。
それが今はまるで船に乗っているかのように複雑な揺れを感じる。
僕は目を閉じる。隣には小さな女の子が座っている。

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風をあつめて1 http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040518
風をあつめて2 http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040525
風をあつめて3 http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040816