The Beach Boys 「Smile」

この秋にも「Smile」が発売されるらしいというニュースをあちこちで聞く。
え!?そんなんありえるのか!!??
20世紀最大の幻の名盤がついに日の目を見る?


簡単に解説すると「Smile」とは
ビーチ・ボーイズが66年から67年にかけて延々とセッションしつつも
完成に至らなかったアルバムのこと。


「夏だ!ビーチだ!!サーフィンだ!!!」
浜辺で日に焼けた女の子が眩しそうにしている、
そんなイメージを持たれていた(日本においては今でもそう)ビーチ・ボーイズには
ブライアン・ウィルソンという孤独な天才がいた。
完璧なポップミュージックを作り上げることを夢見て
日夜セッション・ミュージシャンたちとレコーディングに励み、
一世一代の傑作「Pet Sounds」をものにする。
とろけるような甘いメロディーとビーチ・ボーイズならではの流麗なコーラスワーク。
歌われるのは恋や「あの日」やイノセンスの喪失について。
この作品は21世紀の今に至るまで、欧米はおろか日本でも名盤ベスト1に挙げられ続けている。


「Smile」はさらにその先を行くものとして位置付けられていた。
Teenage Symphony To God」と呼ばれるようになったその作品は
その音楽の力でこの世界のたくさんのものを祝福するはずだった。
しかし結局のところブライアン・ウィルソンは「Smile」を完成させることができなかった。
世間の人たちはいまだに「カリフォルニアの陽気な夏」(つまり、「夏だ!ビーチだ!!」)を求め続け、
「Pet Sounds」にまっとうな評価を与えようとしない。
メンバーの何人かは過去の焼き直しでヒット曲を出すことに何のためらいもなく、
やがてブライアンとの間に亀裂が生じる。
彼らを家族同然に思っていた(実際に兄弟と従兄弟とその友人によるグループだ)
ブライアンは意気消沈する。自らの内側に閉じこもるようになる。ドラッグにも手を出す。
録ってる音も奇妙なものばかりとなる。
(かのポール・マッカートニーが野菜をかじる音とか)


こんな状況をレコード会社が許すはずもない。
音楽の歴史を塗り替えるはずだった一大プロジェクト「Smile」が破綻する。
収録曲の1つに予定されていた「Good Vibrations」が全米No1となっても追い風とはならない。
若い世代はヒッピー文化へとなだれこみ、急速にビーチ・ボーイズは古くさい存在となっていった。
アメリカでの人気が凋落する。
「Smile」の断片を元に「Smily Smile」をでっち上げ売り出すも、
かつてのような勢いでヒットチャートを上ることはなかった。


ブライアン・ウィルソンはそこから先半ばリタイアしてしまう。
自宅のベットから出ることを嫌がり、
たまに曲を書いては残されたメンバーたちのためにレコーディングするだけ。
復活し精力的に活動を再開するのは80年代も後半になってからとなる。

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ブライアン・ウィルソンは悲劇の天才という烙印を押され、
「Smile」は幻の名盤としてコレクターたちの注目の的となる。
オリジナルのレコードに関して言えばジャケットは既に印刷され、品番も確定していた。
このことから同じデザインのジャケットで中身の異なる無数の「Smile」が
海賊盤として世に出回ることになった。
今でも「新作」が地下ではリリースされている。毎回毎回「決定版」と称して。


ブライアン・ウィルソンが思い描いていた「Smile」の完成形とはどのようなものだったのか?
世界中のいろんな世代のあらゆるポップミュージックマニアが探求を続けている。
いわば聖杯のようなものである。
この曲は「Smily Smile」のバージョンを元にして
イントロはあのセッションのこの箇所から持ってきて、
途中のコーラスからはこのセッションのあの箇所から持ってきて
といったような地道な作業で自分だけの曲を作り上げる。
あるいはスタジオに残されたレコーディング記録を丹念に洗っていって事実関係を突き詰めていく。
WEB サイトにて全世界のマニアたちが現在進行形で情報を交換し合っている。


僕もはまりかけた。
海賊盤を買いあさって、PC に様々なバージョンを取り込んでいって、
音楽ソフトを使ってエディットしていく。
僕だけの「Smile」を完成させる。一時期本気になって検討した。
あんまり現実的な趣味じゃないな、と思って断念した。
とりあえず海賊版は2つ持っている。
1つは「Millenium Edition」と称するもので、1000枚限定。ナンバリング入り。
(DiskUnionに行けば今でも楽に手に入る。ただし、6000円ぐらいする・・・)
CD なのにわざわざ2枚組みになっていて、アナログのA面からB面にひっくり返すのをイメージしている。
2枚目の後半にはなんとビートルズの「Sgt Peppers ...」のステレオバージョンが入っている。
A面は1曲目「Our Player」2曲目「Heroes and Villains」
どの海賊盤でも踏襲されているような曲順で始まり、「Cabin-Essence」で終わる。
B面の幕開けはもちろん「Good Vibrations」そんで「Vege-Tables」があって
いわゆる「エレメンツ」組曲を挟んで最後は「Surf's Up」でしめる。
さすがにこれは決定盤だよな。これで音質がいいんだから言うことないだろう。


でも、「なんだかな」と思わなくもない。
完成させられなかったのだから、リリースされなかったのだから、
結局それはこの世には存在してないはずのものなのだ。
(完成しなかったのではなく、正確に言えば完成「できなかった」というところがポイント)
それを擬似的に補完するものを手に入れ、それがいかに純度の高いものであっても
ニセモノはニセモノなのだ。
確かに「聞いてみたい」のはやまやまだ。
ブライアン・ウィルソンが僕にだけこっそり聞かせてくれるというのなら、もちろん僕は聞いてみたい。
いろんなものを投げ出してでも。

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この秋に発売されるということになって、僕が思ったのはこういうことだ。
「そっとしといて幻の名盤ということになっている方がかっこよくはないか。
手には届かない夜空の星として輝いている、そういうアルバムがあったっていいだろう」
「遂に出る!」という嬉しさの半分、なんとなく寂しくなる。
「なんだ、この程度のものだったのか」とがっかりすることが目に見えている。
中核となる曲、「Good Vibrations」も「Heroes and Villains」も「Surf's Up」も
公式にリリースされているわけだし。
もしかしたらこれらの曲をまとめて1枚で聞けるという
単なる便利なだけのコンピレーションとなってしまうのかもしれない。


たくさんのミュージシャンが「Smile」を夢見て、
自分にとっての「Smile」を作り上げようとした。
何人かの優れたミュージシャンはそこから脱却して
自らのポップミュージックの傑作を生み出していった。
そしてもう30年以上が経つ。
「Smile」は「Smile」で色あせない普遍的な価値を持った作品となるべきだが、
「Smile」とは別の次元でポップミュージックの世界が進化していった。
(もちろん「Smile」が完成したならばその世界は別な方角に進化していっただろう)
そんな世界で、21世紀のこの世界で、
タイムカプセルをこじあけることにはどんな意味があるというのか?


・・・いろいろ思い悩んだが、結局はこういうことだった。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1818858
発売はされるけど、あの当時の「Smile」が完成するのではなく、
ブライアン・ウィルソンの新録による「Smile」
正直「なーんだ」という気持ち。
でも、これでよかったのだと思う。

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ブライアンが1人で歌う「Smile」はもう別物として考えるべきなんだろうな。


ソロになってからのブライアン・ウィルソンって僕は全然好きじゃない。
声が全然出てなくてメロディーを追えてないから、ってのもあるけど。
(ブライアンが「Pet Sounds」全曲を歌うライブアルバムってのがあって、
解説を読むと名だたるミュージシャンが見に来て、みんな感動して帰っていった
みたいなことが書いてあるけど、僕からすれば「なんだこりゃ」ぐらいのものだった。
神様が目の前に立っていればもうそれだけで絶対感動する。
だけどあのアルバムは・・・。とにかく声が出ていない。CD で聞いてもちっとも感動しない)


なんだか物足りない、どこか大事な部分が抜け落ちてるような気がするんだよな。
これはもう単純な話であって、バンドじゃないから。
バンド特有のマジックが働いてないから。
現実というものに対して魔法をかけることができなくなった人間が
年老いてたそがれているような、そんな魅力しか残っていない。
(僕はビートルズのメンバーのソロに対しても同じことを感じる。
いくらジョンが心の叫びを吐露し、ポールが優れたメロディーの曲を書いたところで
僕の中ではしっくりこない・・・)


ビートルズのマジックが才能ある人間たちが集まったことによる有機的な反応、
とてつもない化学反応であるとしたならば、ビーチ・ボーイズのそれは
ブライアン・ウィルソンだけが才能的に突出していたにもかかわらず、
それでも彼がバンドという幻想を抱いていたところにあったのだと僕は思っている。
でなきゃあんなキラキラとしたきれいな音にはならない。
現実にはどこにもないはずのものに対する憧れで満たされていた。
それを再現させることは今となってはもちろん不可能だ。
3兄弟で残るはブライアンだけとなり、その他のメンバーたちとも袂を分かっている。
そんなブライアンには家族を、バンドを信じる気持ちが残されているはずもなく。
年齢がどうこうという以上に、「たった1人残されている」というのが強く影響を与えているはず。


「だけど僕はまだ音楽を音楽というものを信じている」
ブライアンならきっとそう言いそうで、
その辺の最後まで残された強い意志・希望が現在の音楽にどのように反映されるか。
21世紀の「Smile」の聞き所はそこにあると言っていいだろう。