六本木ヴァージン・シネマに「華氏911」を見にいく。
マイケル・ムーアの最新作。これはなんとしても見なくてはならないとずっと思っていた。
去年あれだけ話題になって、カンヌでもパルムドールを獲得、
内容が内容でかつ今年は大統領選挙の年ということもあってアメリカでも大ヒット、
賛否両論あって日本でもあれこれ言われている、
こりゃもしかしたら土日は満員で見に行けないかもなと半ば諦めていた。
去年の「ボウリング・フォー・コロンバイン」は僕の場合
公開当初にすぐ見に行ったからなんとかなったけど、
ブームに火がついてからは連日超満員でどうにもならなかったと聞く。
(恵比寿ガーデンシネマでしかやってなかったんだよね)
「華氏911」は上映館数は増えるとしても、どうなんだろう?
ほんとなら会社休んで見にいくつもりだったのが
どうにも取れる雰囲気になく、どうしようかなあと思っていたときに
もしかしたら空き席が残ってないか?と昨日の朝六本木ヴァージン・シネマのサイトを覗いてみたら
余裕で席が半分近く空いていた。おお!と即予約。
・・・もしかしたらあんまりヒットしてない?
劇場に入る。全席指定なので「混んでいる」という印象は受けない。
席は9割ぐらい埋まっているといったところか。
満席ってことになって見逃した人はどれだけいるんだろう?
なんかあんまりそういう人はいなさそうな感じがした。
(立ち見の人で溢れている、なんてことになれば
「すげーなーヒットしてるなあ」と実感するんだけど、
シネコンは良くも悪くも映画館としての活気を感じることがない。
ヒット作を見るというワクワク感が肌で伝わってこない)
六本木ヴァージン・シネマではキャラメル・フレーヴァーのポップコーンが名物なのか
カップルたちは決まって、ケンタッキーのパーティーバレルぐらいの大きさの容器を抱えている。
そのせいか通路も場内も甘ったるい匂いが漂う。
ものすごく甘ったるい・・・。
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僕は去年かなりマイケル・ムーアにはまっていた。
「ボウリング・フォー・コロンバイン」は昨年 No.1 映画だと言ってはばからなかったし、
出世作「ロジャー&ミー」の DVD も買ったし、
「ボウリング・フォー・コロンバイン」が DVD 化されたときも
おまけの「The Big One」という未公開作品を見たいがためにデラックス版を買った。
全米大ヒットというテレビシリーズ「アホでマヌケなアメリカ白人」の DVD も買ってしまった。
翻訳の出た同名の「アホでマヌケなアメリカ白人」も読んだ。
(これはつまらなかった。英語のできる人が原書で読むものなのだろう)
何しろ僕は一昨年の年末に「ボウリング・・・」のチラシを映画館で見つけたときに、
これは絶対見なければ!と公言してはばからなかったぐらいの人間なのだ。
「華氏911」がタランティーノ審査委員長のカンヌでパルムドールを獲ったと聞いて、素直に喜んだ。
ああ、評価されるべき映画人が評価されたと。
見たくて見たくてしかたがなかった映画ではあるが、
実は「つまらないんじゃないか」と僕は思っていた。
騒がれ方がちょっとおかしい。
「ボウリング・・・」のときは映画としてかなり異質なものが出てきた、という評価が
アメリカの銃社会がどうこうという現実的で判断を下しやすい部分に関する論評を完全に上回っていた。
なのに今回はそういう語られ方をしていない。
「9.11」→「アルカイダ/ヴィン・ラディン」→「サダム・フセイン/イラク戦争」
アメリカを中心とした世界の流れとその渦中にいたブッシュの功罪、そして今年は大統領選挙の年、
といったことだけで語られている季節もの、そんな感じがした。
1つの映像表現としてどういう高みに到達したのか?
僕があれこれ手を伸ばして読んでないだけなのかもしれないけど、
そういう視点で語ってんのって見たことがない。
で、見てみると案の定そう。それほど面白いものではない。
ただし、ここで言う面白さはあくまで映画的な観点からであって、内容が、ではない。
話は非常に分かりやすい。
なぜ潜伏するオサマ・ヴィン・ラディンが捕まらないのか。
なぜ一見「9.11」のテロとは関係のないイラクに対してアメリカが戦争を仕掛けたのか。
答えは明瞭でブッシュ一族の石油利権に関わっているから。
その一方で貧しい若者たちには仕事がなくて軍隊に入るしかなく、イラクで命を落としている。
嘆き悲しむアメリカの一般市民たちと、何が起こっても常にアホ面のブッシュとの対比。
この構図だけでシンプルに潔く作品が成り立っている。
2時間に渡ってひたすら自国の大統領ブッシュをこき下ろし、
それが飽きさせないエンターテイメントとして成立していること、これはすごい。
並みの力量ではできない。
でもこれが映画というジャンルの歴史に対して一石を投じるものかっていうとそんなことはない。
なんだかひどく収まりがいいものとしてまとまりすぎている。
完成度は高い。というか「ボウリング・・・」と比較してとても洗練されている。
その分普通になってしまったんだよな。
(これはもちろんマイケル・ムーアが丸くなったということでは決してない。
彼の主義主張行動は一貫していて、その分は期待通り)
僕が何を言いたいかと言えば、
「ボウリング・・・」がそれまで見たこともないような異質なものであって、
映画としての完成度が低くても、新しい扉を開くようなものすごく可能性のあるものだったのに対し、
実際にその扉の向こうに足を踏み入れてみたら
語られている内容は見聞きするに値する内容だったとしても、
周りの風景は見慣れたものだったというか。
川の向こうのカナダの人たちが本当に玄関に鍵をかけないのか、実際に行って確かめるという
しょうもないフットワークの軽さ。
サウス・パークのアニメを利用して状況を語るという皮肉なユーモア。
コロンバイン高校襲撃の模様を図らずも撮影していた監視カメラの映像、その乾いた緊迫感。
全米ライフル協会会長である俳優チャールトン・ヘストンに会いに行くもけんもほろろに追い返される、
そのときのマイケル・ムーアの寂しげな背中(巨体であるだけにさらに切ない)。
「ボウリング・・・」には確かにそれまでの映画にはない何かがあった。
普通ならありえないような質感のばらばらな映像の組み合わせがそもそも新鮮だった。
そもそも、マイケル・ムーアがあんまり画面に出てこないのがいかんね。
やっぱ自ら突撃リポートをしなくちゃ。
彼が出てくるとそれだけで「行け行け!」と気分が盛り上がる。
アポなしで会いに行って相手にもされなかったときの
彼のいろんなものが入り混じった表情が何よりも多くを語ってるんだよな。
これがないってのはほんと寂しい。
今回はほとんど出てこなかったから、
映画全体が口当たりのいい良質なドキュメンタリー、
皮肉も効いてるインテリ向けドキュメンタリーにと自らを閉じ込めてしまっている。
次回作はアメリカの保険制度がテーマらしいが、果たして面白いものになるのだろうか?
ハチャメチャやってほしいなあ。
最後に。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」の方が断然、腹抱えて笑えるシーンが多かった。