バード・カーヴィング

昨日の夜、映画を見てきた帰りに家の近くを歩いていたら大家さんに会った。
いつも会うおばさんの方ではなく、おじさんの方。
温厚な方でたまに会うことがあると穏やかな、ゆとりある挨拶をされる。
「お仕事から今お帰りですか」と言われる。
「や、今日は仕事じゃないです」と僕は答える。
信号待ち。小雨が降っている。
「私は趣味の集まりから帰ってくるところでして」
「何をされてるんですか?」
「木彫りでね、鳥を作るんです」
バードカーヴィング。
信号が青になって横断歩道を渡る。
アパートまでのちょっとした道のりを歩きながら話を聞く。


千葉県我孫子市で日本で唯一の全国大会が11月に開かれる。
世界大会はアメリカで行われる。日本人が何度か賞を獲っている、
といったようなこと。
たぶんその世界大会に出品することが憧れなんだろうな、と僕は聞きながら思った。


「いいなあ」「こういう趣味っていいなあ」と思った。
僕も何十年か先にはそういうことしてそうな気がする。
なので「手先が器用でないとできないものですか?」と僕は聞いてみる。
「そんなことはないですよ。とにかく根気ですね」
いつかの日か杉並区でバードカーヴィングの講師をしたいと大家さんは語る。
このままずっと荻窪に住み続けたら、僕も習いに行くようになるかもしれない。


「鳥を作るっていいなあ」と心の中で思う。
すっと目の前が開くような感じがした。
今すぐじゃないけど、ある日突然思い出して始めだすんじゃないかな。
書斎の机にて肌理の細かいサンドペーパーで木片を磨いている自分の姿を想像する。
ウイスキーのグラスが傍らに置かれ、ジャズがかかっている。


大会では本物そっくりかどうかが評価のポイントなのだという。
この「本物」ってのが難しくて、剥製のようであってもいけない。
目には小さなビーズを嵌め込んで、といったようなことをするらしい。
素人からしてみれば剥製でも十分にリアルなものなのに、それではまだ不十分らしい。
でも確かに剥製は明らかに死んでしまったものだ。誰が見ても分かる。何かが不自然だ。
達人の彫ったものは違うんだろうな。
森の中に置いたら鳥が側に降りてきて、トコトコと近寄るような。
いいなあ!


本物に近付いていくことを極めるような趣味って、一生終わるわけがなくて。
手を出してのめり込んでしまったらずっとそれが続くのか。
大変だなあ・・・。