遭難

この惑星に一隻の宇宙船が向かっていると知ってからこれで一週間となる。
予想しうるタイムチャートから察するに到着は明日となりそうだ。

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僕がこの惑星に不時着してからこれでもう3年と1ヶ月と4週間になる。
目的もなく小さな宇宙船で一人旅をしていたらこの地球型惑星に目が止まり、
それと共に宇宙船そのものが不可思議な力で引き寄せられていった。
エンジン部分をコントロールするユニットが完全にいかれてしまって
平原に着陸するだけで精一杯、この星からは飛び立てなくなってしまった。
僕はエンジニアでもなんでもないから、修理なんてできない。


この非常に小さな惑星そのものが天文台のような役割を果たしていたようだ。
とんでもなく昔の世代の人々が地表の多くを旧式の機械で覆い尽くしていた。
そしてそれは何千年か何万年か前に打ち捨てられていた。
そしてその何千年か何万年の間に僕と同じように
この星から出られなくなった人たちの乗った宇宙船があちこちで見つかった。
どうやらエアポートへと自動誘導する大掛かりなシステムがありえない規模で暴走しているらしい。
空中を飛ぶ機械ならば例え3光年先だろうと全て引っ掛けてしまうぐらいの。


大気に有毒な成分はなく、済んだ水もある。空は青く、見慣れた植物が生い茂っていた。
川はおろか滝まであって、地球の完全なレプリカという印象を受けた。
たぶん元からこういう星だったのではなく、強引なまでの標準環境化を行ったのだろう。
ここでの人類の生活がなぜ途絶えたのか?それはもう今となっては分からない。
政治的なものなのか、経済的なものなのか。疫病が発生したのか、ただ単に飽きられたのか。
なんにせよその役目を終えてしまったから、ということだけは言える。
旧式のエアバイクを見つけて僕のいた大陸を隈なく走査してみたとき、
惑星の裏側に非常に大きな殖民用宇宙船が難破しているのを見つけた。
動かなくなった船を中心としてコロニーのようなものが形成されていたが、
そしてそれは何世代にも渡る人々の生活の痕跡が残されていたが、
それももう何百年か前に打ち捨てられていた。
この星が何らかの理由で人類の生命にとって本質的に適さないものだったからなのか、
あるいはなんらかの手段で彼らは外に脱出することができたからなのか。
僕には何も分からない。


僕は1人きり、この星で過ごしていた。
食料を生産する工場はもう何万年と稼動し続け、
ある場所ではロボットたちが無限にそれを収めるための倉庫を作っていた。
ある場所ではロボットたちが無限にそれを廃棄サイクルに押し込んでいた。
赤や青や黄色の、たまには水色や紫色のスポンジのような固形食料を僕は毎日1人きりで食べた。
何もすることはなかった。
機械を相手にできることもいつかは飽きてしまう。
このままだと僕は何十年か先に、抜け殻のようになってここで死ぬことになる。

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5人乗りクラスの小さな宇宙船がこの星に向かっていることを僕は「管制塔」から教えてもらった。
こちらからいくらメッセージを送っても応答はなかった。
だけど生命反応が1つ監視スクリーンに浮かんでいて、誰かが乗っていることは確かだった。


最初に考えたのはもちろん女性のことだった。
若くてきれいな女の子が乗っていて着陸の最後の最後の瞬間までコールドスリープに入っている、
そういう希望に満ち満ちた考えが思い浮かぶといてもたってもいられなくなった。
そうあってほしい、絶対そうでなくてはならない。
僕らはこの星でアダムとイヴになるのだ、そんな狂おしい気持ちでどうしようもなくなった。
(この星の機械たちは食料は生産してくれても性欲は処理してくれない。
僕だって夏休みで地球を旅立つ前はごく普通の若い大学生だったのだ。
僕はこの星で悩ましい幻想と共にきわどいバランスの上で暮らしていた)


「きれいな女の子?そんなことあるわけがない」と次に考える。
応答に答えないのは何かが起きて誰かの飼ってたペット、犬や猿だけが生き残ったからだろう。
ものすごく現実的に考えるとそういうことになる。
(犬と共に暮らす。それはそれでいいことだ。だけど犬の方が先に死んでしまう。僕は耐えられるだろうか?)


あるいは、鼻持ちならない野郎が同じく最後の最後の瞬間までコールドスリープに入っていることを考えた。
頭は悪いのに偉そうにしている生理的に不快なやつが、この星に2人しかいないっていうのにボス面をする。
こういう可能性って「きれいな女の子」と少なくとも同じ確率でありえるよな。


たぶん結局のところ普通の人が普通に乗ってんだろうな。
そしてそこから先、遭難生活を普通に続けていくんだろうな。

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僕はどんなふうにしてその人を迎えればいいのだろうか?
どんな格好をして、どんな表情で。
最初になんて言えばいいのだろう?
気の利いたことの1つでも言うべきなのか、それとも余計なことは何も言わない方がいいのか。


僕は明日になったらエアバイクに乗ってその宇宙船が着陸する現場へと向かう。
ハッチが開いてその 彼/彼女/それ が現れるのを待つ。
僕は「やあ」とか「ようこそ」とか「Hi!」とか声をかける。

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何があろうと僕はその人と生きていく。生きていかなくてはならない。
その人が明日、僕の目の前に現れる。


僕はこの奇妙な気持ちのことを、うまく言い表すことができない。