「誰も知らない」

是枝裕和監督の最新作。
カンヌ映画祭で日本人初にして史上最年少の主演男優賞となった柳楽優弥君が大きな話題となった。


実際に起こった事件をモチーフにしている。1988年の「西巣鴨事件」
こういう話。
母親と4人の子供がとあるアパートに引っ越してくる。
(子供1人ということになってるので、下の子たちはスーツケースに詰められて)
4人の父親はばらばら。
いかにも男にだらしなさそうな母親は何の仕事をしてるのかよくわからない。
ある日突然母親が当座の生活費だけを置いていなくなる。
残された子供たちは長男を中心として自分たちだけの生活を始める。
戸籍がないから(!)もともと学校には行ってない。
布団を敷きっぱなしの荒れ果てた部屋でもそもそと遊んでるだけの毎日。
季節が過ぎてゆく。冬が過ぎ、春から夏へ。
電気も水道も止められ、公園で水を汲んで体を洗う。
コンビニから余ったおにぎりをもらう。
カップめんの容器で植物を育て、それをベランダいっぱいに並べる。
たくましく生き残っていくが、ある夏の日に一番下の女の子がふとしたことから死んでしまう。


是枝監督は彼らの陥った境遇を否定もせず肯定もせず、ただただ淡々と切り取っていく。
ドラマチックな場面はほとんどない。
見終わった直後は「うーむ」という感じなのに、後でじんわりと来る。
帰りの地下鉄の中で僕はジワーッとあの雰囲気に侵されて、やるせない気持ちになった。
それぞれのシーンの語り口は控えめなのに、
積み上げていくといつのまにかものすごく大きなものとなっている。
何も語ってないようにすら思われる。映画として通常語られるべき、何か大事なものを。
そしてその部分は見終わった後にすっと埋められる。
ストーリーのトリックとかラストシーンの印象とかそういうものではなくて、
あくまで作品全体の余韻として。
そこで見つかるのはこの悲劇を引き起こし、ある程度の期間存続させた「何か」とでも呼ぶべきもの。
原因とか状況とかそういうものではなく、もっと根源的な何か。
そこにはものすごく大きな真空地帯があって、
誰も彼もが知らず知らずのうちにそこに吸い込まれて、絡め取られている。
その存在に気付かされるというか。


「誰も知らない」というタイトルが全てを物語っている。
・なぜ周りに助けを求めなかったのか?
・なぜ母親は子供たちを引き取りに来なかったのか?
・なぜ長男は全ての責任を1人で背負おうとしたのか?
・なぜ周りの人たちは子供たちの存在に気付かなかったのか?
・周りの人たちが無関心だったら、子供たちはいつまでもあのまま暮らし続けたのだろうか?
・子供たちはそのとき、何を感じていたのだろうか?何を考えていたのだろうか?
・どういうことが楽しかっただろう?どういうことが悲しかっただろう?
・欲しいものはなんだったろう?憎んでいたものはなんだっただろう?


推測すれば答えは分かりそうだが、
真相は、そのとき当事者は何をどんなふうに思ったのかは、誰にもわからない。


カンヌのコンペに並ぶことによって昨今の日本映画の質がどうこうという以前に、
映画として面白い。見応えあり。見るべき。


肯定も否定もしないって書いたけど、
子供たちを幸福にも不幸にも描かず、
ただあるがままの風景をそこに生み出したってことが何よりもすごい。

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一足先にこの映画を見た会社の先輩は
「とにかく女子中高生ばかりだった」と語っていた。
あんなクールな14歳、確かに憧れの的になるよなあ。
クラスの他の子みたいにジャニーズにキャーキャー言ってるのは嫌だけど
自分しかまだ知らないようなかっこいい男の子を見つけたくてうずうずしている、
そういう女の子たちだろうか。


主演男優賞級の役者なのだろうか?という議論はさておき、確かにあの目はすごい。
あの目だけで2時間を超える長い作品がもってしまう。持っていかれてしまう。
「自分が何とかして妹や弟の面倒を見なきゃいけない」
「いつもは無関心を装ってるけど、自分だって寂しい」
「母親のことはすごくむかつくけど、だけど心の底では帰ってきてほしいと思ってる」
そういう気持ちの1つ1つを、セリフに出して言うことなく語っている。
完全に成りきって振舞っていたのか、
それともあれは1人の人間としての柳楽優弥の目なのか。
次の作品を見ないことには何とも言えない。
少なくとも言えるのは、ただ単純にハマリ役だったというのではなくて、
等身大の12歳としての存在感が眩いぐらいにそこにはあったってことなんだろうな。


僕としては母親役のYOUもまた、同じぐらいすごかったと思う。
単なる無責任だったり、暴力的な薄っぺらい母親だったらぶち壊しだもんな。
憎めないっていうのではなくて、これまでの人生で紆余曲折があって
その時彼女にはこうすることしかできなかったんだ、
というのがダイレクトに伝わってくる。

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昨日の昼、見に行った。


前の日から風邪っぽくて、会社行ってもフラフラしてたので
病院に行って熱を計ってみたら37℃を超えていた。
午後休むことにした。


さて何をしよう?
映画見るのなら家でDVDで見ても映画館で見ても一緒だなと思い、
帰り道にある有楽町のシネカノンへと足が向く。
平日の昼間だというのに、7割がた席が埋まっていた。
7月から公開されていまだにこれだけ客が入るとは。ロングラン。10月まで続く。
銀座というロケーションのせいか、客層は圧倒的に年配の女性が多かった。
おばさんたちも目的は柳楽君なのだろうか?