リョウジがマンホールから這い出てきた。
地面に顔を出すとき、懐中電灯をこっちに向かって放り投げた。
淡々とした声で「地下のタンクは空になっていた」とリョウジが報告する。
試しに蹴りを入れてみたら虚ろな音がしたのだそうだ。2つあったうちの両方とも。
ここにもガソリンはなし。誰かが持ち出して使い切ったのだろうか。
「それにしてもひでえ匂いだよ」
気分悪くなるね、とリョウジは吐く真似をする。
ダウンジャケットについた錆のようなものをこするように掃う。
「次はオマエが入れよ」
「やだね」
「なんでいつも俺なんだよ?」
裏に回って倉庫のシャッターをバールでこじ開け、押し上げる。
どうしたものか倉庫の中は外よりも温かく感じられた。
毛布で何重にも包まってできた塊が隅のほうにあって、
開いてみるとポリタンクに入った灯油が3個並んでいた。
凍らないようにするために誰かが工夫したのだろう。
試しに持ち上げてみると液体で満たされている感覚があった。
凍ってシャーベット状にはなっていない。
今日の夜から、2・3日分は使えるだろうか。
反対側の隅には「新米」と書かれた米袋が積まれていた。
穴が開いていて白っぽい米の粒が床一面に広がっていた。
食べ物目当てに忍び込んだネズミが腹を上にして、干からびて死んでいた。
「灯油はあんのにな」
「あさってぐらいまでに見つけないと、やばいぞ」
ガソリンと、食料と。僕らの毎日の日々はただただそれだけを目的としている。
狩猟民族、とミユキが言う。
ほっとくと髭も髪も伸ばしっぱなしになる僕らは原始人のようだ。
(リョウジはバリカンでミユキに短くしてもらったばっかりだ)
灯油。
僕らは、あれはいつだったろう、灯油を集めて民家に火をつけたことがあった。
「祭り」と称して。
もう2週間近く前か。
「やろう」って言い出したのはダイスケだった。
嫌がるヨウコを車の中に残してリョウジとミユキとダイスケと4人で町内を周り、
「これがいい」という家を見つける。幸せそうな大きな家。
リビングの窓を叩き割ると2階に駆け上がって
灯油の入ったポリタンクをやけになってぶちまけた。
子供部屋、夫婦の寝室、1階に戻って、キッチン、ダイニング、リビング。外に出て犬小屋。
火をつけると少しずつ少しずつ家が燃え出して、やがて大きな炎の塊になった。
大きなテレビが、アップライト型のピアノが、額の中の写真が、壁いっぱいの本が、
みんな燃えた。みんなみんな燃えた。
中で何かが続けて2回ボン、ボンと破裂した。
暖かかった。暑いぐらいになってダウンを脱いだ。
男3人は上半身裸になって、ミユキがケラケラ笑っていた。
みんな笑った。ウイスキーを瓶から回し飲みした。
笑いが止まらなかった。
そしてあのときがダイスケの笑った最後だった。
ガソリンスタンドに来るたびにダイスケは
ホースの先のグリップを握ってノズルを空に向けて、
ニヤニヤ笑いながら「ハイオクですか?レギュラーですか?」と聞いたものだった。
「火気厳禁」と書かれたステッカーに一人無言で雪球を投げていた時のやつの姿が
その後何気ない瞬間に何度も思い出された。