リョウジがエンジンを切った。
ぎこちなく縦に横に震えた後で車内はシンと静まり返った。
年老いた象が寂れた動物園の中で最後の眠りにつく様子を僕は思い描いた。
「降りるの?」とヨウコが聞いた。「何かあるの?」
「何もなくたっていいんじゃないの?」僕はそう言ってドアをこじ開けた。
冷たい風がすぐにも押し寄せてきた。頬が火傷しそうになる。
「たまには外の空気吸わないと」
海辺だった。
建造物の類いのものはこれといってなし。
風が強いからなのだろうか、雪はうっすらと地表を覆っているだけで降り積もってはいない。
僕たちは砂まじりの雪の上を散らばった。
足元にはカモメのような生き物の死骸があった。
それはもはや鳥の形をなしていなかった。
ブーツの爪先で突くと、白い羽がガラスのように砕けた。
僕はリョウジとミユキの背後に立った。
2人は凍りついた海を眺めていた。
波が地面に貼り付いている。雪原のようだった。
「歩いていけそうだな」とリョウジが呟いた。
しばらくの間誰も何も言わなかった。
僕は口を開いた。冷たい空気が喉の奥からナイフのように胃の底へと突き刺さってきた。
「この先には何がある?」
しばらく考えこんでからリョウジが言う。「アメリカ」
「アメリカ?」
「たぶんな。アラスカ、ロサンゼルス、ハワイ」
「ハワイって今どうなってんの?」ミユキが振り向く。
「さあ」と僕は言う。「どこも一緒なんじゃないの?」
リョウジがダウンジャケットのポケットから
手袋に包まれた両手を外に出して「うーん」と伸びをする。バランスを崩してよろける。
「車ばっか乗ってるとさすがにだりーな」
ミユキが煙草を取り出す。風が瞬間的に強く吹きつけてきてうまく火がつかない。
うずくまり、手のひらで覆いを作って、どうにかこうにかライターを光らせる。
オレンジ色の光が一瞬だけ瞬いて消える。
リョウジがミユキに向かって手を差し出す。ミユキが一本分けてやる。
リョウジは口にくわえると火もつけないでしばらくそのまま海を眺めた。
「海なんてほんと久々だな」