この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
長い長い氷河期を迎えようとしていた。
僕たちは旅を続けていた。
そうするより他になかった。
どこにも行き先はない。
だけど、どこにいたところで何も変わらない。
絶えず動き回ってどこかへと向かわないことには僕たちは壊れてしまいそうになる。
何もかもがおかしくなって、
何もかもがめまぐるしく通り過ぎていって、
あらゆるものが静止した、消えていった、失われた、そして2度と元通りにはならなかった。
そしてその原因とか理由とかそんなものは今となってはどうでもよくなっていた。
考えることに意味がなくなる。
そのときそのときに降り掛かった出来事を受け流して、自分の方からそっと身を離していくだけ。
不安だとか恐れだとかそういう生々しい感情も擦り切れて麻痺してしまう。
確かに最初の頃はこの僕も他の人たちのようにあれこれ考えて、情報を集めて、
蔓延するパニックの中で混乱を来たしていた。
見知らぬ人をなじって、手の中に捕まえたものを奪って、気に入らなければ地面に叩きつけさえした。
つまるところ僕は怯えていた。いつだって怯えていた。
泣き出して、喚いて、ヒステリックに笑っていた。
そんな時期が過ぎ去った。
反動で、生きているということをやたら感謝する時期もあった。
いろんなことを出来合いの安っぽい喜びにすりかえようとしていた。
それも過ぎ去った。
今となっては何もかもがどうでもよくなった。
恐ろしいことに人という生き物はどんな状況に置かれてもそれを「日常」として
頭の中の配線を意識的に (無意識的に)切り替えていくことができる。
差し迫った命の危険が過ぎ去った途端、何事も惰性で進んでいくようになる。
澱んだ流れに身を任せて、中途半端に自分というものを肯定して。
くだらないことにアハハハハと笑い合って。
それでもまだ、こんなことを考える。
ふとした瞬間に浮かび上がってきてぞっとした気持ちになる。
「明日の朝生きているだろうか?」
「まだ続くのだろうか?」
夜になってぼんやりと頭に思い浮かぶのはただそれだけ。
そんなとき僕は凍えた空の下、一人きり突っ立ってこの世界を眺める。
もちろん、答えは出ない。
もう一度繰り返す。
この世界はゆっくりと終末に向かいつつあった。
長い長い氷河期を迎えようとしていた。