Brian Wilson 「SMiLE」

ブライアン・ウィルソン名義の「SMiLE」が発売される。
本来発売されるべきだった年から実に37年かかってのリリースということになる。
一音楽ファンとして素直に喜ぶべきことなのだと思う。
(どういうアルバムなのかは以前の日記を参照してください。http://d.hatena.ne.jp/okmrtyhk/20040825


でも、聞いてすぐがっかりする。あーこんなもんかと。
一大ポップ絵巻が目の前に迫ってくるのだが、まるで書割のよう。
どっかに本物があってそれを別な画家が模写したような印象は拭えない。


何がいけないのかって言えば話は簡単でブライアンの声(前に書いたことと一緒)。
ちっとも歌えてない。
年月を経たことにより獲得した深みってやつもない。
恐る恐る音程から外れずに歌ってるだけ。
なんだかなあ。
どん底の時期を乗り越えて奇跡のカムバックなのはいいのであるが、これじゃあなあ)
CD屋で書かれてるような「SMiLE」を「完成させた」には程遠く、
ただ単に全曲カバーしているだけ。
ビーチ・ボーイズを聞いてみようかな、どうもこの作品が一番新しくて話題らしいな、
っていうような人は絶対手に取ってはならない。
ひどく混乱/誤解する。


そんでその歌えない声で全パートこなしてんのが何よりも「あちゃー。。。」なポイント。
どう考えたって「グッド・ヴァイブレーション」はカールの声なしにはありえないじゃないか。
サーフズ・アップ」もそう。
元々ブライアンがヴォーカルだった冒頭の「英雄と悪漢」からして「はー。。。」とため息。
かつてのような澄み切ったファルセットは「SMiLE」以上に幻化してしまった。
それにコーラスを担当してるのがビーチ・ボーイズのメンバーじゃないってのが最大に痛い。
(何も今年老いたマイクやアルにブライアンと和解して歌ってくれとは思わないが)


あれだけ録音した素材があって
ブライアンには2004年なりの「完成形」が見えていたのだから、
当時のテープを編集してそこに最小限のオーバーダブを施すだけで出来上がったはずだ。
なぜそうしなかったのか?


2002年の「Pet Sounds」を全曲演奏したツアーの後(これだけでも驚愕の出来事)、
ブライアンはなんと「SMiLE」ツアーに乗り出す。もちろん「SMiLE」全曲演奏。
そのときのバンドメンバーとの息が合ってたんだろうな。
レコーディングしたくなったと。
それだけのことなのかもしれない。


恐らくこういうことだ。
66年−67年当時のテープはブライアンでも開けたくのないパンドラの箱であって、
CDのボーナストラックやボックスセットを作成するときに
選曲するために掘り出して聞くことはあっても、それを使って何か作品を作る気にはなれない。
過去は過去であって取り戻すことはできないし、
あれはもう未完成という形ではあるとはいえ終わってしまったものなのだ。
カールもデニスも死んでしまって二度とビーチ・ボーイズは復活できない。
そんなわけで一言で言うと「封印」した。
なのに何をするにもアンビバレントな感情を抱きやすいブライアンとしては
「SMiLE」のことがずっと気にかかっていた。
この世にその足跡を残しておきたかった。


いざ当時のテープを使って編集したところで
当時そこに渦巻いていた空気はある程度までしか再現できない。
完成させなければよかった、世に出さなければよかった、
そんなふうに後悔することにもなりかねない。
それならば今の自分が一から再構築しよう。
そういうことではないか。


・・・結局のところ「贋作」であることには変わりはない。
ここでこういう形でオフィシャルにリリースされた「SMiLE」を聞いて
僕はものすごく侘しい気持ちになった。
これぐらいなら出さなくてもよかったんじゃないかな。。。
キラキラとした輝きが一切失われた楽曲を聴かされるのは辛いものだ。
僕の中で「SMiLE」に対する憧れに似た気持ちは完全に消えうせた。
なんだこの程度のものだったのか、と。
これだったら「Pet Sounds」の方が断然いいじゃないか。
それとも、あの当時完成させていたならば、
同じぐらいの儚さと美しさをまとっていたのだろうか?


今ふと思った新説。
ブライアン・ウィルソンはなぜ「SMiLE」を完成できなかったのか。
それは「キャピタル」(レコード会社)からの「売れるものを作れ」というプレッシャーや
メンバーとの軋轢や精神状態の悪化ではなくてただ単に
「どこまでこのレコーディングを続けても
 この作品は「Pet Sounds」を超えられないのではないか?」
と悟ってしまったからなのではないか。
確かにそこには「グッド・ヴァイブレーション」も「サーフズ・アップ」も「英雄と悪漢」もある。
しかしトータルなものとして、「Pet Sounds」以上のものとはならない。
ブライアン・ウィルソンは自分の才能に限界を感じてしまった。
・・・なーんてね。


まあとにかくヴァン・ダイク・パークスと共演している、というのが救いか。
「SMiLE」コンビ復活。

    • -

ビーチ・ボーイズ関連の本では
音楽評論家中山康樹による「ビーチ・ボーイズのすべて」がダントツに面白い。
(そもそもこの人の書くものはなんだって面白い)
1人で全アルバム・全曲(353曲!)の解説をしているのだが、
徹底して、いかにブライアン・ウィルソンが悲劇的かついろんなことに無頓着な天才で、
ブライアン以外のメンバーは才能にばらつきはあってもまあ結局はいかに凡才かということを解説している。
マイク・ラブがとてつもなく鼻持ちならない存在のようで常にこき下ろしているのを読んでると
それだけでゲラゲラ笑えるぐらい面白い。
(本当に嫌いなら一言二言書いて後は話題から抹消するはずなのに。実は好きなんだろうね)
ポップ・ミュージック全般に対する莫大な知識と愛情に裏打ちされた程よい毒舌、素晴らしいです。
今、夜寝る前に「マイルス・デイビス自叙伝」を読んでいるんだけど、訳がこの人だった。


その中山康樹が別な解説書で、「スマイルの忘れよう」と書いている。
「事実はひとつ、ブライアンは「スマイル」をつくることができなかった」と。