近未来

東京駅から新幹線に乗って札幌へと向かう。
座席に沈み込むとすぐにも眠り込んでしまった。
最近の仕事の疲れからか、4時間の間目を覚ますことは無かった。
検札で1度起こされたぐらいか。何もかもが夢うつつだった。
JRの駅から地下道に下りていって地下鉄に乗り換えた。
今日のホテルは昨年できたばかりのツインタワーの中にある。
その20階の部屋だった。
窓の外に広がる札幌の街並みはうっすらとした雪で覆われていた。
少し向こうに旧テレビタワーが見えた。
雪祭りの行われる大通りを大勢の人たちが歩いている。
信号で止まった車の群。そのヘッドライトとテールライト。
この高さだと何もかもがミニチュアのように見える。
まだ3時を過ぎたばかりだというのに、夕暮れのようだ。
街全体が曇った灰色の中へと少しずつ沈み込んでいく。


ノートPCを屋内LANにつないで明日の会議の資料を読み直す。
クライアントの求める素材の強度に対して
今回の提案内容は十分なものになっているだろうか?
リスクはどこまで負うべきか?
ここで1人で考えても答えが出ないのでノートPCを閉じた。


・・・閉じた後でもう1度電源を入れ直した。
ボストンだと今は深夜1時過ぎか。彼女は起きているだろうか?
部屋の中には備え付けのモニターフォンがあったんだけど、自分のPCから電話をかけた。
呼び出し中を示すアニメーションが単純な動作を繰り返した。
それがブツッと途切れて、彼女の部屋の中が映った。
彼女の姿をデフォルメしたキャラクターが絨毯の上を歩いて近付いてくる。立ち止まってセリフを言う。
「・・・ただいま留守にしております。ピーッと鳴りましたら・・・」
僕はメッセージを残そうとする。
誰もいない部屋の中でスクリーンに虚しく僕の顔が映っているのだろうか?
しかもそれは地球の反対側だ。
「いや、特に要件は無いんだ」と僕は言う。そして僕はそれ以上何を言うべきか困ってしまう。
そこへ彼女が部屋を横切ってきて受話器を掴んだ。
「もしもし。どうしたの?こんな時間に」
「ごめん。夜遅くに」
沈黙が続いた後、僕は言う。
ただ、話をしたかっただけなんだと。
僕と彼女はわずかばかりの言葉で、途切れ途切れに会話を続けた。
僕は彼女の顔に浮かんでは消える表情を見つめた。
そして彼女も同じように僕を見つめていた。
「会いたいよ」と僕は言う。
彼女は黙って頷く。
でもそれはできない。2人の間にある距離は余りにも遠い。
彼女がその唇をゆっくりとスクリーンに近づけて、そっと押し当てる。
僕もそこに彼女がいるかのように、キスをしようとする。
薄暗い部屋の中。外では雪が降っている。


どちらともなく「じゃあ」と言って電話を切る。
静けさ。スクリーンだけが白い光を放っている。
僕は何かに取り残されてしまったような気持ちになった。
どれぐらいの時間が経過したかわからないが、1人きりで部屋の中に座っていた。
僕は立ち上がるとコートを着て部屋の外に出た。
廊下を歩き、エレベーターが上ってくるのを待った。
携帯にメールが届いた。彼女からだった。
彼女がボストンで撮った風景が添付されていた。ボストンも冬だった。
彼女が自分で撮ったと思われる写真の中で、彼女は笑顔を見せていた。