地獄(その1)

「カットオーバー」
IT業界特有の用語。
システムが切り替えられ、本番サービスが始まることを指す。
例えば船の進水式におけるテープカット。
ああいう「鋏を入れる」行為が語源のようだ。


3連休に移行作業が行われ、10日の19時をもって、
顧客のシステムがカットオーバーとなった。
大混乱に満ちた一大プロジェクト。度重なる延期。どんどん増え続ける関係者。
誰もが「これ終わるんだろうか?」と途方にくれていたのが遂に完結。
めでたしめでたし。一件落着。


・・・ならばいいのであるが、実際はここからが地獄の始まり。
ほとんどの人にとってそうだったし、もちろん僕にとってもそうだった。


10日は早めに帰って寝る。
「ああ、これで当分家に帰って寝れないかもなあ」なんて思いながら。
次の日は徹夜が決まっているためいつもよりもゆっくり起きる。


僕はデータセンターに張り付いて、プログラムが正しい時間に正しいデータを作成して、
外部のシステムにそのデータが伝送されるのを確認するという係りになっている。
初回の起動は11日の昼で、これはそんな難しいものではないだろうと思っていたら
これがいきなり送信できないはデータの件数が違うわとてんやわんや。
いわゆるこの業界で言うところの「障害」発生。
あちこち電話して事情を聞いたり
作成されたファイルを見たりしているうちに
顧客のとある方から
オカムラ君今どこー?センター?だったら聞いてないかもしれへんけど
 今大変なことになっとってこのままだとデータ伝送でけへんでー」
という恐ろしい連絡が。
金額が合ってなかったり、キーとなる項目の体系がおかしくなっていたり。
顔が青ざめる。
さらに慌てて各所に連絡を取る。
新システムでの稼動初日だから誰も彼もがいろんな問題に捕まっていて身動きとれず。
「この件なんとかならないか!?」と訴えかけても
相手にしてもらえないかたらい回しにされるか。(逆の立場なら僕だってそうする)
どこに何の問題が起きているのかちっともわからず。
顧客は日本全国に拠点があって、
対策本部が設けられているもののかなり情報が錯綜しているらしい。
センターのような陸の孤島だとなおさら何も伝わってこない。
何が問題になっていて何が解決されたのか、耳に入ってくるのは曖昧なことばかり。
キレそうになるし、泣きそうにもなる。


気がつくと夜になっている。
ホテルを取っていたのだが泊まるはおろか休むことすらできず。
チェックインして荷物を置いてシャワーを浴びて着替えただけ。


真夜中肩を竦めて寒そうに歩きながらセンターに戻る。
夜。ここからが仕事本番。
次々に走るプログラムの結果を確認。2時から開始。
差し入れでもらったユンケルをぐいっと飲み干す。
眠いような眠くないような疲れたような疲れてないような。
結果確認はうまくいったものもあれば案の定不具合発生となったものもあり。
なぜ失敗したのか理由を調べてまたあちこちにメールで問い合わせして
報告のメールを書いて。
気がついたら5時近く。
プロジェクトで借りた会議室の床に寝袋を敷いて寝る。
8時には起きなくてはならない。