(prologue)
病室、あるいは診察室の中。
病院は都市部にあるような巨大な複合診療施設ではなく、
田舎町にあるような個人経営の小さなものでもなく、
山奥の青々とした木々に囲まれた近代的なサナトリウムのイメージ。
1人の少女が診療台、もしくは車椅子に座っている。
怯えている。緊張で体が固くなっている。
(だけどその様子をことさら誇張したりはしない)
少女は地味な色のパジャマを着ている。
パジャマの色に合わせたスリッパを履いている。
目には包帯が巻かれている。真っ白な包帯。
年の若い看護婦と年老いた医師が両脇に立っている。
カルテの束、視力測定表といった小道具が目立たないように配置されている。
コンピューター。測定器(なんに使うのかよくわからない、しかし機能的なデザインの)
目の構造を示す図。瞳孔、水晶体、虹彩、網膜、視神経。
これらは目立たなければ目立たないほどよい。
視力測定表の裏には、白く発光するスクリーンがあるとよい。
かすかに鳥の声。風が森の中を通り抜ける音。
静寂を感じさせる、ホワイトノイズ。
少女の母親なり父親なり、家族を思わせる人物はその場にはいない。
医師が少しばかりかがんで少女の耳元で何かを囁く。
少女を怖がらせないようにという配慮が自然に働いているためか、笑顔が浮かんでいる。
背を伸ばしてそっと目で看護婦に合図を送る。
看護婦もまた微笑んでいる。
包帯がゆっくりとほどかれていく。
一巻き、二巻き、やがて少女の閉じられた目が現れる。
医師が今度はかがみこまずに、少女に何かを話し掛ける。
(その声は小さくて誰にも聞こえない)
少女は恐る恐るその目を開ける。
(いきなり視界が開けたことによる驚きは示さない)
何かを見ているような、何も見ていないような、
虚ろな、そして困惑が入り混じった表情。
口をわずかに開ける。
医師は優しさのこもった大きな声で、言う。
「どうだ、見えるかね?」
沈黙。わずかばかりのぎこちない沈黙の後で医師は再び言う。
「さあ、何が見える?」
少女は少しずつ震えるように立ち上がる。
力強い意志の現れによるものではなく、人形が何かに操られているかのように。
ふらっと立ち上がりきったところで少女は言葉を口にする。
「私は・・・」
言葉を失う。もう一度繰り返す。
「私は・・・」
暗転。
舞台の上から少女、医師、看護婦が消える。
音楽。