例えば、他人の死を引き受ける力が人間にあったとしたらどうだろうか。
魂の交換といった形で。
病床に横たわる息子の手を母親がそっと握りしめ、立会人が「いいんですね?」と声をかける。
母親は無言のまま、頷く。
息子はその瞬間から母親の体を通して、この世界を生きていくことになる。
とある独裁国家の元首が影武者を呼び寄せる。
宮殿を模した公邸の、この世では3人しか知ることのない部屋。
真夜中。香が焚かれ、どこからか女性の歌声がかすかに聞こえる。
レコードやラジオによるものなのか、それとも誰かがどこかで歌っているのか。
・・・などなど物語はいくらでも生まれる。
莫大な借財と引き換えに。あるいはなんらかの手違いで。
あるいはその部族の掟として生まれながらにそのような運命に位置付けられていたものとして。
死にゆく抜け殻のような体の中で目覚めた青年が生や死、
自らが生きてきた時間について考察を巡らす。
絶え間ない痛みと日に何時間か、かろうじて明瞭になる意識の間で。
その腕や足を動かすことはできない。首を傾けることすら適わない。
弱々しくその目を開けたとき、見えるものは真っ白な天井だけ。
その光景すら滲んで、うっすらとしたものとなっている。
時折、その病室を訪れる誰かが誰かがその脈を計ったり、皮膚を撫でさすったりする。
外界との接触はただそれだけ。
幻想と考察と記憶とが渾然となった記述が続く。
死は、その場ですぐ訪れることもあれば
何日にも渡って引き伸ばされることもある。
【物語の結末】
誰かがその青年の死を同じように引き受ける。
でも誰が、なぜ?何の目的で?
青年は新しい体(新しい目)を通してその亡骸を眺める。
自分というものがつい先ほどまで「住んで」いた体。
彼は病室のドアを開け、外の世界へと出て行く。
鏡に映った新しい自分の姿を見つめる。
その時彼は何を思うことになるか?