宇都宮餃子ツアー 4/4

16時を過ぎて、さて、では「正嗣 宮島本店」で食べてしめるかと
並んで座っていた階段からよっころしょと立ち上がる。
宇都宮市街をテクテクと歩いてパルコのある大通りまで戻る。
「正嗣 宮島本店」は相も変わらず長い長い行列ができている。
並ばないことには何も始まらず、最後尾に加わるより他にない。
ぼけーっと与太話をしながら並ぶのであるが、
10分・20分経過してもちっとも先に進んだ気がしない。
僕は別に行列が嫌いな方ではなく、
おいしいものが食べられるのならばいくらでも並ぶが、
聞いてみると後輩たちは皆普段行列に並んでまでして食べたりはしないという。
まあまた次の機会に、と別な店に行ってしまう。
今日並んでいるのはわざわざ宇都宮まで来たから特別であるとのこと。


「本店」ということは「支店」があるのかと僕が素朴な質問をすると
後輩の誰かが駅で配ってた宇都宮地図を取り出して、しばらく探して、
駅の反対側のかなり外れの方にもう一軒あるようですよと言う。
暇を持て余していた僕は今日2回目の偵察に出かけることにする。
どんどん動いてカロリーを消費しないことには餃子がおいしく食べられない。
というか何もせず立ったりしゃがんだりして同じ場所で待っている方が疲れが出そうだった。


駅に向かって宇都宮の大通りをモソモソと歩く。
夕暮れ時で街がオレンジ色に染まっている。
たいした距離ではないはずなのに、やけに時間がかかる。
駅の構内をくぐりぬけて駅の反対側に出る。
こっちはもっと閑散としている。
地図に書いてある通りに線路に沿って歩いていく。
まあそのうち着くかなと思っていたらこれがまた間違いで、
なかなか目の前の道路を渡れず地下道をくぐったり歩道橋を渡ったり、小さな大冒険となる。
さらに歩く。また次の歩道橋を上って下りる。
完全に住宅地の中。
本当にあるのかと疑い始めたところに、それはあった。
確かにあった。でもそれは、・・・。
携帯で報告する。
「ハロー、ハロー」と後輩が言う。僕は
「・・・(小声で)もしもし、もしもし」
「どうでしたか!」
「・・・(ごにょごにょ)」
「聞こえないですよ?」
「・・・持ち帰り専門店だった」
携帯の向こうで爆笑してるのが聞こえた。
並んで持ち帰りで買ってる人たちはいたのに、店内で食べている人たちはいなかった。
住宅地の中ってことは、今晩のおかずとして買っていく人のためなんだろうな。家で焼いて食べる。
落胆して肩を落として、来た道を引き返す。
ここが中で食べられるとしても僕が辿ってきた大冒険を
携帯で説明して後輩たちに来てもらうのは至難の業だ。
時間だけが無駄にかかって道に迷って、どっちも疲れきってしまう。
30分かかってここまで歩いてきて、30分かかってもとの宮島本店へと戻る。


完全に夕暮。
最後尾がまた延びている。
その最後尾近辺に金属の棒を三角形に組み合わせたものを左右に配して
「CLOSED」と書かれた金属の板を取り付けたものが置かれている。
今日はここまでということか。
後輩たちのところに戻って話を聞いてみると
この「CLOSED」を無視して列に加わっている人も若干いるという。
17時ぐらいに店のおばちゃんが今日はここまでと「CLOSED」を置きに来た。
なのに時々見に来ては列がまた増えている。
そのたびにプリプリと怒って店の中に消えていく。
「CLOSED」の辺りでその日の分の餃子がなくなるのだろうか?と僕は思った。
それもあるけど、正しくはそうではなくて、
20時が閉店の時間だとすると、
路地裏にある店から通りの端まで並んでそこから更にはみ出して大通りに折れ曲がって、
というのが3時間待ちだとして、
逆算して17時にその日の行列の終わりを宣言したということ。


3時間待ち。
実際僕らも16時半に並び始めて、餃子にありつけたのは19時半だった。
食べ物でここまで並んだことはない。
与太話をずっと続けて、僕らは立ったり座ったり、足裏マッサージの話をしたり、
携帯でゲームをやったり、パルコで暇をつぶしたりしながら、
そして前の人が残り20人になったとこっそり数えて
そこから先が登山の9合目のように辛い思いをしながら、
隣の隣ぐらいにある、同じく宇都宮餃子会の店なのに
さっきは客がいなくてガラガラだったのを見て不憫に思ったのに、
今は満席になっていてささやかながら行列ができているというのを見かけて
「ああ、よかったよかった」と胸をなでおろしたりしながら、
ひたすら3時間耐えて、ようやく「正嗣 本店」の餃子にありついた。


店のおばちゃんはひたすら電話を取って、
「並んでる人たちの分だけです。すいません」とか
列に並ばずに入ってきて「持ち帰りできますか?」と聞いてくる観光客に対してやはり同じように
「並んでる人たちの分だけです。すいません」と言い続けだった。
店はこのおばちゃんと餃子を焼くおじいさんの2人だけで切り盛りしていた。
おじいさんは円い鉄板が2つと水餃子の入った鍋の前でひたすら餃子を焼き続け、
おばちゃんはカウンターを片付けたり、冷凍の餃子をお土産様用に箱に詰めたりしていた。
(その間時々外に出て「ああまた列が伸びてる」とプリプリしていた)
休む暇なし。カウンターで15・6人入れるかどうかの小さな店。これが限界か。


「注文は?」と聞かれる。「いくつ?」と。
メニューは焼き餃子と水餃子が170円、冷凍の餃子が160円。これだけしかない。
「ライスもビールも置いていません」と貼り紙してある。
「これだけ待ってそりゃないよー」
「餃子にライス、餃子にビールって最高の組み合わせなのにー」と思う。
でもこの店が餃子を味わうというただその一点にのみ存在するのならばそれも正しいか、と思う。
それにただでさえ行列が長いのにライスやビールで長居されたら回転が更に遅くなる。
行列の後ろの方にいるとちっとも減ってるように見えなかったのに、
中で何モタモタ食べてるのだろうと思ったのに、いざ中に入ると
皆焼きあがった餃子を食べてすぐにも出て行くだけなのでかなりの回転スピードだった。
これだけの速さであれだけ並んで、それをずっと捌いているのか。これは大変だ。


僕は焼き餃子と水餃子をそれぞれ1つずつ頼む。
おじいさんは円い鉄板の蓋を開けると油を
ティッシュペーパーのようなもので真っ黒になるまで吸い取らせ、
鉄板をきれいにすると油を注いでそこに餃子を、注文があった分だけ無造作に並べた。
そしてすぐ、水餃子の鍋から取ったと思われるお湯を鉄板の中にジャボーッとかけて蓋をした。
水餃子の鍋の中は白濁したお湯が入っているだけで、
ラーメン屋の大鍋のように野菜や鶏がらが入っていてダシを取っているということはなかった。
鍋がふきこぼれると蓋を開けて驚いたことに水道水をこれまた無造作にドボーッと入れた。
そしてまた蓋をした。
見ていて分かることは、ここには何の秘密もない。特別なことは何もしていない。
あるとしたら朝か昼に仕込む餃子そのものの味わいと、
おじいさんの絶対的な焼き加減と茹で加減である。


出来上がった餃子がカウンターの上に置かれる。
僕は事前に小皿にしょうゆ、ラー油、酢で作ったタレにくっつきあった餃子を切り離して
(ベタついてないので箸を入れると餃子と餃子がすっと離れる。もちろん皮もはがれない)
きつね色にこんがりと焼けた、トーストのような餃子を口に運ぶ。
野菜の旨み、口の中でほのかにはじける肉汁がラー油と混じり合い、
そしてホクホクとした、


・・・ああ!もうこれ以上何も書きたくない。


これを炊き立ての白いご飯と一緒に食べられないのは犯罪だ。


「輝楽」の餃子は確かにおいしかった。十分すぎるぐらいうまかった。
だけど「正嗣」まで来るとこれはもう芸術だ。
余計なものが何もなく、あっさりとその頂点を極めている。


続いて水餃子。
これはもうお湯に餃子が入っているだけ。茹でてるだけ。
なのにそのスープを飲むとなんだか芳醇なスープを飲んでるような気になってくるのはなぜだ!?
そんで最後は焼き餃子のタレを入れてスープを飲み干した。
あー、贅沢・・・。


なのにこの2つを食べてもたった340円。ありえない!!
ありえないよ・・・。


「追加注文は忙しい場合にはお断りすることもあります」と貼り紙がされていたが、
これは追加する側にとっても断る側にとっても、今となってはよくわかる話。
僕だって、もう1皿焼き餃子を食べたかった。


おばちゃんがしきりに、今日並んでいる人の分が足りるかどうかわからないと言っていた。
それでも後輩たちは家のお土産用に冷凍のや、焼きあがったばかりのを買うことができた。


「正嗣」で食べることができて宇都宮まではるばる来た甲斐があった。
「正嗣 宮島本店」は宇都宮餃子会に入っていない。
餃子マップの話をうっかりした観光客には「うちと関係ないから」とピシャリ、それまで。
のれんわけして「正嗣」の名前のついている店が宇都宮にいくつかあるようで、
そのいくつかは宇都宮餃子会に入っている。
先ほど「正嗣」のホームページを見たら店舗紹介のところに
それら餃子会入りした店の名前がなかった。
なんか複雑な大人の事情があるんだろうな。
ま、どうでもいいか。僕らには。


宇都宮駅に戻って快速に乗る。
疲れ切って眠ってしまう。
また宇都宮に来ることはあるのかな。あったらいいな。
「輝楽」で食べて、「正嗣」で食べて。そのためだけにまた来てもいいな。


あーおいしい餃子が食べたい!


そういえば駅の反対側にある「餃子の像」を見逃した。