その22 屋台でタコス

宝くじのキオスクを皮切りに屋台が増え初めて、人々の流れの中心に地下鉄の駅があった。
「Barranca del Muerto」駅を地下に下りていってチケットを自動改札機に通す。
メトロ7号線。日本と事情は同じで、後にできた地下鉄ほど深い場所を走っている。
この駅は始発なのでどっちのホームに行くべきか迷う必要がない。
人の乗ってないまっさらな車両がホームに入ってきて、それに乗る。座席に座る。
走り出す。もう慣れたもの。ただし常に気は張っていて、
不審な人物が居ないか探り、今の駅がどこか注意する。


「Tacubaya」にて1号線に乗り換え。これもなんてことなくできた。
「Sevilia」まで。すぐ到着する。一昨日足を踏み入れた「Chapultepec」も通過する。
途中かなり歩いたが、地下鉄でメキシコシティの街を東西南北に四角く一周したことになる。


途中乗り込んできたおばさんが乗客1人1人にスタンプカードみたいなのを配りだした。
(僕は立っていて視線を反らしていたからもらわなかった)
その後おばさんはスタンプカードを回収する。1人2人、お金を支払った。
あれはなんだったのだろう?


あれこれメモを書こうとしてボールペンを取り出したら書けなくなっていた。
インクが漏れている。これで2本目。
ボールペンをたくさん持ってきてよかった。(僕なりの旅のコツ)
右太腿のポケットに入れてると揺れるからか。
それともメキシコシティの2000mの標高の問題?


「Sevilia」で下りる。スタスタスタと歩いて、出口へ。
郵便局に行く。今度は小銭がある。15ペソの切手を売ってもらい、
貼り付けてまたカウンターの係員に手渡す。果たして届くだろうか?
向かいにセブンイレブンがあったのでスプライトを買う。
ホテルに戻る。その途中に別なコンビニを見かける。日本では見かけたことがない。
アメリカ系か、メキシコ系か。
ふと思い立ち、引き返し、メキシコのものと思われるタバコを買う。
1個10ペソか11ペソのものを3種類5個ずつで、計15個。
が、財布の中を見たら50ペソ紙幣と小銭が何枚かしかない。
身振り手振りと片言英語でお金がないことを伝え、
50ペソ分(正確には54ペソになった)選んでもらってタバコを買う。
部屋に戻ってお金を200ペソ財布に入れて、さっきの店に引き返す。
タバコを9箱と子供のお菓子と思われるチリソース2ペソ×10を買って計111ペソとなる。
帰り道にふと気付くが、タバコってアメリカに持ち込んじゃいかないんだっけ?
税関で見つかると没収とか罰金とか?
だとしたら嫌だなあ。知らない・何もないふりをするだけなんだろうな。
というかほんと知らない。


戻ってきて16時半。今日もまたこれで営業終了。
今晩も例によって全米オープンを見る。
サンギネッティが今日は調子が悪く、負ける。最終セットは途中から投げ出していたように見えた。
女子に移ってシャラポワ対ペトローヴァ。シャラポワが勝つ。
シャラポワが「テニスをしているところ」を初めてテレビで見た。
確かにこれはいい。ずっと見ていたい。なんだかひたむきなところが胸を打つ。目の錯覚だろうけど。
サーブをするときになんだか切なげな表情を見せるんですよね。
ペトロヴァがシャラポワのことを嫌う/嫉妬するのもよくわかる。
(試合後、2人は握手しただけ。お互いの検討を称えて軽く抱き合ったりしない)
ヴィーナス対セリーナのウィリアムズ姉妹の時にも書いたんだけど、
アスリートがたまたま女性だったという選手と
テニスプレーヤーである前に女であるという選手だったら、誰だって後者を応援したくなる。
華がないといくら強くても勝てないように思える。
セリーナ・ウィリアムズもペトロヴァも、
今、ヴィーナス・ウィリアムズと戦っているクライシュテルスもいかんせん華がない。
単なる強さだけではない、得体の知れない強さが華として現れるのか。
そしてそれがシャラポワのように可憐な「美」として咲き誇るのか。
(後日談:この試合はヴィーナス・ウィリアムズが勝って、そのまま全米オープン初優勝。
 あと、いろいろ調べてみたらセリーナ・ウィリアムズを華がないと思っているのは
 どうも僕だけみたいだ)


20時ごろ、ホテルの外に出て通りを渡って屋台のタコスを食べにいく。
メキシコ最後の食事。
ガイドのNさんもここのはうまいと言っていた。
牛肉のタコスにする。37ペソぐらい。
いくらかわからなくて手のひらに持っている全ての硬貨を並べたら、37ペソ分持っていかれた。
僕がスペイン語一切話さないとわかると、
店員のおじさんは「ウノ」「ドス」と1枚1枚、ゆっくり数字の名前を言った。
鉄板の上で牛肉が焼かれ、お好み焼きのへらのようなもので細かく千切っていく。
直径10cmぐらいの小さなトルティージャ6枚にそれを乗せていく。
サルサソースをかけるか?と聞かれて頷き、
香辛料の野菜(?)をかけるかと聞かれて頷き、
最後に「チリ」を入れるかと聞かれて頷く。
「チリ」と言っても赤いソースではなくて、ソースになる前の青唐辛子そのもの。
チリはトルティージャの上に乗せられる。
タコス作りのおじさんがホテルを指さすので「シ」と頷くと、
他の人が食べているような皿ではなくて
持ち帰りの容器に詰めてアルミホイルで包んでくれる。
Gracias!」と言うので、僕も「Gracias!」と答える。


ホクホクした気分で部屋に戻って、ハタと気付く。
ビールがない。百歩譲ってコーラもない。(冷蔵庫がないので買い置きできない)
でも下まで下りて買いに行くのは嫌。せっかくのが冷めるし。
まあいいかと全米オープンを見ながら食べる。・・・うまい。
ライムを絞ってかける。うまい。
チリをそのままタコスに挟む。うまい。
でも辛すぎて口の中が火を噴く。途中からチリなしで食べる。最後にまたチリを加える。


ああ、これでタコスも食ったし、満足満足でメキシコ最後の夜もこれで暮れてゆくかと思いきや、
「チリ」に当たる。腹が。辛すぎて。あるいは生だったからか。
何度もトイレに駆け込む。
ああ、こんなふうにしてメキシコ最後の夜が暮れてゆく。