大名古屋旅行 その3(ヨーロッパのパビリオンを回る)

会場に到着。これから何時間待ちなんだろう・・・?と恐る恐る近付いていく。
・・・が、拍子抜けするぐらいあっさりと中に入ることができた。行列ができてない。
朝の入場ゲートの2時間待ちや3時間待ちがそのまま昼も夜も続くものと僕は思っていた。
そうじゃないようだ。僕らが着いたのは午後2時だったろうか。全然空いてた。
手ぶらだった僕は手荷物検査はスルー。
メキシコに行ったときと同様にカーゴパンツに小さいノートなどあれこれ入れている。
ゲートには空港で見かけるような枠で囲った金属探知機が設置されていて、
カメラと腕時計を外すとこりゃ楽勝だとくぐってみるとブザーが鳴る。
携帯を取り出すのを忘れていた。
横を見るとどこの国を意識したのか分からない格好をしていた
オーヤマさんがリュックサックを開けて思いっきり手荷物検査されていた。


中に入った!・・・ものの、見渡す限り人また人。
ラッシュほどじゃないにせよもううじゃうじゃと。
日陰になった地べたに座り込んでいる「万博難民」とでも呼ぶべき人たちの塊が壁沿いにズラーッと並ぶ。
ヤンマが「ガイアナ人民寺院での大量虐殺の後みたいだった」と感想を述べる。


さあどこに入ろう?ってことで
僕は「やっぱマンモスっすかねえ」と言い、
タツジンさんは「イタリア間で『踊るサテュロス』を見たい」とリクエスト。
じゃあまあこの2つが見れればいいかと決まる。
前回来たとき、オーヤマさん・ヤンマは1日かけて3つしか見れなかったそうだ。マンモス含めて。
とりあえず道なりに進んでいく。
途中、何の意味があるのか橋の上で細かな霧を吹きかけている。
小型のバスが車両を連結してのんびりと走っている。
西ゲートから入ったので一番近いのはヨーロッパのパビリオンが並んでいるゾーンとなる。
じゃあさっそくイタリア館に、と行ってみるとやはり行列。でもたいしたことなくて40分待ち。
並んでもいいけど「どうする?」となって、
入れそうなところに入るかと他の行列できてないところへ。
30を過ぎた人間たちばかりなので諦めというか割り切りが無茶苦茶早い。
ここ「グローバル・コモン3(ヨーロッパ)」にあったのは、
フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、ブルガリア、トルコ、チュニジア
ボスニア・ヘルツェゴビナ、ヨルダン、モロッコギリシャクロアチアリビア
ドイツ館は本場の乗り物がありビールが飲めるということでこの界隈ではダントツの人気。
「踊るサテュロス」でイタリアも人気。
フランス・スペインもそれなりのものを見せてそうな気がするが、この4人誰も何も知らず。
スペインは6角形の赤・黄・こげ茶色のプラスチックのブロックで外壁が覆われ、
ブルガリア館は一面バラの絵。どこの国も人目を引くためにあれこれ工夫している。


タツジンさんが「チュニジアに行ってみたい」と言いだす。
たぶんこれは「チュニジア館に入ってみたい」を指してるのではなくて、
いつの日かチュニジアに旅してみたいということを指してるのだろうと思われるが、
まあ興味があるってことなので、行列にもなってないし入ってみる。
正直な話ほとんど記憶に残ってないんだけど、
チュニジアの文化を伝えるあれこれが並んでいた(ような気がする)。
サハラ砂漠に暮らす遊牧民の生活など。
小さな壷に300円で名前を彫って入れてくれる、とか
同様に1,500円で小さな金属の皿に名前を打ってくれるというのがあって列をなしていた。
その他にも土産ものを多数売っている。
閉幕に向けて投売りしていると聞いてはいたが、なんかほんとバーゲン真っ盛り。
どこの国のパビリオンに入っても。
「ふーむ、こういうものか、万博」と思う。


いち早く外に出た僕は隣がボスニア・ヘルツェゴビナ館だったので
オーヤマさんたちを待っている間にささっと入ってみる。
何も無し。ボスニア・ヘルツェゴビナの自然を紹介するビデオが大きなスクリーンで流れているだけ。
たぶんこの万博で最も金のかかってないパビリオンの上位に入ることだろう。
スクリーンの前は低いソファが並んで休憩フロアのようになっていて、
大勢の人たちがぐったりと眠っていた。「ああちょうどいいところに休憩所があった」って感じで。
誰もこの豊かな自然を映し出したビデオを見ていない。
なんだかかわいそうだ。
僕はこのボスニア・ヘルツェゴビナ館が最も印象に残った。
この万博にパビリオンを出した/出せたというだけでたいしたもんだと思う。
93年の内戦に始まり空爆も行われ、荒廃しきった国土の、
正に今復興真っ最中で何の余裕もなさそうな状況なのに。
誰も見てなかったけど、このパビリオンは不器用で予算もないままがんばってアピールしていた。
(何をどうしたら日本の観光客に「受ける」のか、よくわからずに正直にやっていたように思われる)
僕は現在この国においてどれだけのポジティブなことネガティブなことが起きているのか、
全然把握していない。どこまで復興が進んで、どれだけ人々が安心に暮らしているのか分からない。
だけど Laibach のヒストリービデオを見たり、クストリッツァの新作を見たりで
最近も何かと旧ユーゴのアートに触れている自分としては
その中の一員ボスニア・ヘルツェゴビナに幸あれと願う。
単なるお祭り騒ぎに終わりそうな万博の中で、
観光客誘致と土産物の展示即売会に終わってる各国パビリオンの中で
僕が見た中ではこのボスニア・ヘルツェゴビナに最も国としてのメッセージ性を感じた。
つうか他のとこはメッセージ性があるんだかないんだか中途半端なものばかりだった。


向かいのモロッコ館へ。僕がいる以上、モロッコ行っとかんとねってとこで。
10分に1度ずつ何十人かずつってまとまりで入場をする。しばらく並ぶ。
マラケシュの城壁を意識したかのような土壁(のレプリカ)。
入口側の壁には水が流れている。砂漠の中のオアシスをイメージしているのか。
エリア中心のイベントスペースではどこの国から来たのだろうか、
小さな管弦楽団のようなグループが演奏していた。
ロッコ館から見るとちょうど裏側。
世界各地からこういう日本では無名の楽団やグループが演奏しに来ていて
それを見れるというのだから、国際博覧会ってそういうところはいいよなと思う。
ロッコ館の中に入る。中はフェズブルーで統一されている。
真ん中にはアブルーション(清めのための泉)が設置されていて、
その周りには香辛料の入った銀の器。床の一部分はガラス張りになってタイルが敷かれている。
良くも悪くも一昔前のエキゾチックなナイトクラブのよう。
この万博用にモロッコに関するしっかりとしたパンフレットを作成していた。
僕が回った中ではモロッコだけだったな。そういうの配ってるの。
(モスクを「モスケ」と記述していて、それが正しい発音なのか誤植なのかかなり気になった)
館内の日本人アシスタントたちが伝統的なモロッコの衣装を着ている。
ゆったりとした、アラビア風の前開きのパジャマみたいなもの。


隣のヨルダン館も行ってみたかったが、結構長い行列になっていたのでやめる。
死海体験」は予約受付終了。


1時間で2つ(僕だけ3つ)も見ることができて、こりゃ余裕だねと
人気のあるパビリオンに挑戦しようとイタリア館に並ぶ。
イタリア館はうまいもんで外壁に
あれこれきれいな写真やモニターを配置していて、並んでいる間も飽きさせない。
万博の何たるかを心得ている。
来年トリノで開かれる冬季オリンピックの紹介が多かった。
意外とサクサク進んでいってそんなに待たずに中に入ることができた。
中には長方形の細長い池があって、その向こうにスクリーン。映像が目まぐるしく変化していく。
反対側の壁には自転車やフィアット(? 車はさっぱり詳しくない)の模型が飾られている。
その向こうに大きな球形の展示スペースがあって、その中に「踊るサテュロス」が展示されている。
真っ暗な空間の中、宙に浮かび上がるような、サテュロス像。踊っているように見える。
その姿勢に、佇まいに、緊張感を感じる。
終わりを迎えて静止してしまった世界の中で
その最後の瞬間まで人類のために踊っていた人間の姿、という印象を受けた。
館内の反対側はイタリアの生活や伝統を展示。
ホワイトチョコレートで作られた原寸大の車など。
イタリアならではの現代的なデザインによるシャワーとかそういうのがあった。
2階のカフェは1時間待ち。入ってみたかったが、諦める。


その隣はリビア館。
僕やヤンマは「カダフィ大佐だ!」「カダフィグッズあるかな!」と喜び勇んで入っていくものの
カダフィ大佐の「カ」の字も無し。
リビアという国においてカダフィ大佐は歴史的に抹殺されたかのようだ。
ヤンマ曰く、「ねえ、カダフィ大佐って会見を開くときは
わざわざ砂漠の真ん中にテントを建ててその中でやるんだよ!サングラスして!」
パビリオンの中は「パワーストーン」だとか「磁気ネックレス」(磁器ではない)を売っている。
不思議の国、リビア


旧ユーゴってことでクロアチア館も入りたかったのだが、
行列待ちの人たちが地面に座り込んでいて活気がなかったのでやめる。