Public Image Ltd「Paris in the Spring」

先日思うところがあって、
PiL の「Paris in the Spring」を部屋のCDラックから取り出して聞いた。
激震「Metal Box」でもなく、極北「Flowers of Romance」でもなく、
その間に挟まれて普段省みられることのない、ライブアルバム。


この作品について語られるとき、必ず出て来るのが6曲目の始まる前に
ジョン・ライドンの口をついて出る「シャラップ」という言葉だ。
Sex Pistols のナンバーを演奏してくれと客席から声がかかって、というのは有名な話。
(初期の重要ラインナップで演奏してるっていう以外に、
 音楽的に語るものが無いという扱いをこのアルバムは受けているわけだ)


久しぶりにこの「Shut Up」が聞きたくなった。


傍若無人な”わかってない”客に対してたった一言、
「うるせーよ。黙って聞いてろ」と例のキャンキャン声でわめく。ヒステリックに。
そんなもんだと思っていた。
しばらく聞いてないうちに僕の中でそういうイメージが出来上がっていた。


でも実際に聞いてみたら違ってた。
小さな声で呟くように放つだけ。
内省的にうつむきながら、「静かにしてくれないか」と頼むかのように。


「僕は僕たちの思う音楽の未来を君たちの目の前に提示しようとしている」
「だから、静かにしてくれないか」


そういう冷静な意識を感じた。
(まあ、ジョン・ライドンならば絶対こんなセリフは言わないだろうし、
「僕たち」「君たち」という単語すら使おうとしないだろうけど)


口調は優しくなく、焦りと苛立ちが多少入り混じっている。
徹底的に覚めている。
そして、そこには、とてつもなく研ぎ澄まされた意志が込められている。
客席に語りかけているのではない。
あくまで誰よりも自分に対して、囁きかけている。


Sex Pistols という時代の寵児としてもてはやされたバンドのフロントで
注目を浴びつつも、初のアメリカツアーと前後して脱退。人気絶頂期に。
その次のステップが期待される中で突然出てきたのは
暗くて冷たくて攻撃的で、どこに属することも拒絶するような
一言で言って売れない音だった。


なんでそんなことをしなくてはいけなかったのか。
ポップ・スターにでもなればよかったのに。


でも彼はそれを拒絶した。


マスのレベルで理解される必要は無かった。
彼の選んだ選択も、彼の存在も、彼の生み出す音楽も。
きわめて少数の、エリートがいればよかった。
バカな連中をいちいち相手にしてる暇は無い。


・・・なのに身の回りでも理解者は少なく、誤解され続ける。
身の回りでもバカが多かったわけだ。
焦りと苛立ちは2重の意味を持ち、
2つの全然異なる階層に対して向けられるようになった。


そして彼の思い描いていたこと、
その意志の強さがある日「シャラップ」の一言に現れて出た。
ステージの上、音楽が奏でられていない間も、
内と外に向けられた憎悪で彼は気が狂わんばかりになっていた。


このアルバムで聞くべきはやはり、何よりもこの「シャラップ」だ。
彼の置かれた状況、
その当時の彼を取り巻くシーンの状況全体を端的に語っている。
彼の身にまとわりついた空気、そのとき抱いていた生々しい感情。
それがリアルに切り取られている。
その価値は大きい。

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パンクと言えば The Clash でしょう。
そう思って育ってきた僕は Sex Pistols はどこがいいのか全然わからない。
最初聞いたときもそう思ったし、今でも一貫して、そう。
ロックの歴史の中で最重要の一枚に挙げるべきなのは僕も喜んで認める。
でも、その音はやかましいだけの中途半端なポップ・ミュージックに過ぎないのではないか。
巻き舌に代表されるジョン・ライドンの痛快な存在感と若々しさ、無邪気な無鉄砲さを味わうのみ。


これって結局はギターとドラムが凡庸すぎて
何の話題も無い人たちだからということなのだと僕は思う。
そこには語るべきものは何も無い。
無名のバックバンドに過ぎない。
ジョン・ライドンが切り捨てたのも当然だ。


Sex Pistols が「パンク」という革命、音楽の未来を華々しく推し進めていったように見えて、
その出てきたアルバムは旧態依然のロックを単純にチャカチャカと速めて演奏しただけだった。
はやりのムーブメントに対して大ざっくりに目配せしつつ
きっちりかっちり無難につくられた「商品」という印象は否めない。


(プロデューサーがクリス・トーマスという Roxy Music を手がけた人であって、
 同じように素人集団を相手にしているのであるが、
 一方はプロデューサーとしてうまく作用したのにもう一方は・・・、というのが興味深い。
 なお、完全に蛇足であるがこのクリス・トーマスという人は
 ビートルズのいわゆるホワイト・アルバムのレコーディングにプロデューサーとして参加している)


ま、結局はマルコム・マクラーレンのバンドだったということか。