誰も知らない国

そこには誰も知らない国があって、誰も知らない人たちが住んでいる。
誰も知らない空間が広がっていて、誰も知らない時間が流れている。


僕たちの話す言葉とはかけ離れている。
僕たちがこれまで聴いたことの無い歌を歌う。
僕たちの知らない感情に突き動かされて、
僕たちの知らなかった動作でそれを示す。
僕たちが見たことの無い構図で絵を描き、
そこに僕たちの見たことのなかった色を塗る。


彼らはいつだってそこにいる。
彼らはいつだってそこにいた。


誰も知らない国は大勢の人たちで満ち溢れ、
無数の塔と城をつくった。そしてその周りには大きな町が生まれた。
無限に広がる荒野を、荒れ狂う海を、冒険者たちが渡っていった。
大空の果てを地図に書き写すと、星々の彼方を目指して旅立った。
騎士たちは稲妻の鐘を鳴らし、象牙の剣を振りかざす。
女王様はひなぎくの冠を捧げられ、その目を閉じる。
道化師が寄り集い、陰謀をめぐらす。窓の向こうの暗殺者を手引きする。
丘の上に浮き上がった飛行船を子供たちが見上げた。
憧れのまなざしを伴って、競うように指差しながら。
そして飛行船の飛び立つ方角に向かって、坂道を降りていく。


誰も知らない国が夜明けを迎える。
薄暗い闇がまだかすかに残っている。
突然、鋭い笛の音が鳴り響く。
大小様々な大きさの太鼓が狂ったように叩かれる。
小さなものは空に向かって差し出され、
大きなものは地面と一つになる。
家々の扉を開け放ち、人々が石畳の上に押し寄せる。
こぶしを突き上げ、思い思いの歌を歌う。
やがてそれが一つになる。
絶え間ない人々の群れがそれぞれに九つの宮殿を目指す。
そのどれを選んだとしても目の前には無限の道が続いている。
鳥たちが太陽に向かって羽ばたく。
青白い太陽が誰も知らない国を照らしている。
静かに、音もなく、照らしている。


子供たちがその小さな手のひらを開くと、風船が空に向かって放たれた。
様々な色の風船が次々に浮かんでは消えていく。
空を埋め尽くさんばかりとなり、奇妙な点描を描く。
子供たちも大人たちも笑顔を隠そうとしない。
その光景を切り取られて(永遠に静止して)、
誰も知らない国が、虚ろなままその姿を消す。


そこには誰も知らない国があって、誰も知らない人たちが住んでいた。
誰も知らない空間が広がっていて、誰も知らない時間が流れていた。