ゲルハルト・リヒター回顧展 ②(総武本線に乗って佐倉へ)

駅に戻ってまた総武線に乗って千葉へ。
この辺りはどうも東京都心の会社で働く人たちのベッドタウンのようで、
大きな団地がいくつもいくつも立ち並ぶ。
日が出ていたからそのバルコニーというバルコニーにて布団が干されていて
これはこれで壮観だった。
そしてその周りを住宅地が取り囲んでいる。
海洋生物を思わせた。


塀で囲まれた更地に砂利が撒かれて、
そのあちこちに水の入ったペットボトルが置かれているのを見かけた。
ただ単に猫避け?それとも電波を受信している人が電波避けに?
猫が1匹、そのペットボトルの1つの傍らできょとんとうずくまっていた。


総武本線に乗り換えて佐倉へ。
銚子行き。成田方面だったら方角的に全然違うんじゃないの?と思ってしまう。
間違ったの乗ってんじゃないかと不安になる。
とにかく千葉については土地勘全く無し。
4人が2人ずつ向かい合って座る形式の古びた車両に乗る。


窓の外の風景が急激に田舎となる。
田んぼが広がり、ビニールハウスが立っている。
小さな頃から見慣れた光景ではあるが、東京近郊で目にしたのは久々か。
駅前もこじんまりとしてスナックだとか焼き鳥屋。


感慨深いのは「四街道」ってこんなところだったのかということ。
日本にてヒップホップがオーバーグラウンド化した90年代半ば、
「四街道ネイチャー」ってグループがあった。
スチャダラパーらとともにLBネイションの一員だったはず。
なのでその名前を覚えていたんだけど、こんな田舎だったとは・・・。
すごいな。これでヒップホップか。(地元の)悪いやつらはみんなトモダチ。


あと、うちの会社の社員寮のある「都賀」を初めて見た。
こんな遠くから通ってるのか。若者たちは。はー。そりゃ終電も早いよな。
川村記念美術館に行ったことのある社員はどれだけいるだろう?
そういう美術館があると知っている社員も、少なそうだ。
まあ仕方ないか。そういうのと全然関係ない会社だし。

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佐倉到着。さらに田舎。というか典型的な郊外。
美術館があるとは到底思えない。
どうしてこのような辺鄙な場所にあるのだろう?
それはこの川村記念美術館というのが
ここ佐倉市の大日本インキ化学工業株式会社の研究所の広い敷地の中にあって、
創業者である川村一族の集めたコレクションを一般に公開するのが
そもそもの目的だったからだそうだが。


偉いことに、土日は1時間に2本程度、
美術館と駅までを結ぶ無料のバスが出ている。
佐倉市が援助しているのか、大日本インキ化学工業の好意か。
とりあえずバスが来るまでの時間、屋根付きの停留所にてぼけーっと待つ。
日差しが出ていて思いがけず日向ぼっことなる。
駅前は笑っちゃうぐらい、感心するぐらい、なーーーんにもない。
藤子・F・不二雄の「エスパー魔美」は
ここ佐倉に住んでたという設定だったよなー?
えー?こんな田舎に?全然風景違うじゃん。
・・・いや、違う。佐倉は苗字だ。
ってな具合に考えることもかなりどうでもいいことばかり。


やがてバスが来る。乗ったのは4人。
3連休の初日、昼の13時。
この人数で採算が取れるのか、余計な心配をしてしまう。
バスは郊外の寂しい町を走っていく。
マックがあって、大型スーパーがあって、
儲かってなさそうなラーメン屋だとか、そういうのの前を通り過ぎる。


20分ほど走って川村記念美術館、というか大日本インキ化学工業の敷地の中へ。
両側に林の連なる道路を駐車場へ。
ここは工場と美術館だけではなくテニスコートや運動場、池に散策路もあって
ちょっとした公園のよう。


入場券を購入して中へ。
美術館への小道を辿っていくと目の前に大きな池が広がる。
そもそもこの景色がいい。
環境が素晴らしく、「わざわざ来てよかったな」と思う。
美術館と郊外の自然公園。
俗っぽい言い方であれだけど、一粒で二度おいしい場所だ。


川村記念美術館 HP
http://www.dic.co.jp/museum/index.html


(続く)