「マルメロの陽光」「ファニーゲーム」

この前の3連休は初日がゲルハルト・リヒター展、
2日目・3日目は午前中から昼にかけて新しく書き始めた長編の作業。
3日目の午後、DVD を2本見た。だいぶ前に買ったけど見てなかったもの。


スペインの監督ヴィクトル・エリセの「マルメロの陽光」('92)と
オーストリアの監督ミヒャエル・ハネケの「ファニーゲーム」('97)


どちらも現代映画界を代表する孤高の天才。
だけどその資質は180度違う。

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「マルメロの陽光」


ヴィクトル・エリセ監督と言えば、10年に1度しか作品を作らないことで有名。
ミツバチのささやき」が73年、「エル・スール」が82年。
そしてこの「マルメロの陽光」が92年。
一昨年公開されたオムニバス「10 Minutes Older」の中の10分の短編が
そこからさらに10年ぶりに完成した作品だというのだからすごい。
寡黙を貫く。
こんなペースでも全世界の映画ファンに忘れられることなく、
常に作品が待望されているのは、もうただ単に作品が素晴らしいから。
この素晴らしさなら、10年に1度で全然いいよね。


「マルメロの陽光」はスペインを代表する実在の画家、アントニオ・ロペス=ガルシアが
自宅の庭のマルメロの木を描く過程を追った、ドキュメンタリータッチの作品。
(どこまでが作られた出来事なのかさっぱりわからない)
2時間に渡って淡々とマルメロを描かれ、家族や友人との語らいがなされるだけ。
なのに食い入るように見つめてしまう。
天候が悪くて今日も描けなかった、
旧来の友人と話しているうちに自然と昔の歌を思い出して2人で歌いあった、
陽光のもとはじけるように実ったマルメロを描きたいのに
日差しの美しい瞬間は1日のうちでも少なく、
結果として今年もマルメロを描けないままに終わった、
そういう何気ない出来事の1つ1つが大きな意味を持ち、ドラマとなる。
そして少しずつ、絵が完成していく。
冷静に考えて不思議としか言いようがない。
魔法がかかってるとしか、説明ができない。


映画好きにとっては至福の時間。
全編を覆う静謐さ、光と影・色彩の妙。一言で言って、豊穣な映画。


ミツバチのささやき」をまた見返してみたくなった。

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ファニーゲーム


ミヒャエル・ハネケ監督の出世作
今、世界で最もすごい作品を量産している監督のうちの一人。
「ピアニスト」の成功もあって、
ここ2・3年ですっかりメジャーな人になってしまった。
PFF のプログラムで特集上映が組まれたとき、「誰それ?」って感じだった。
なんだかピンと来てあの時見に行ってよかった。
「71フラグメンツ」「コード:アンノウン」忘れようにも忘れられない。
DVD 化求む。1枚1万円でも買う。ボックスセット5万とかでも買う。


不条理とか不安とか「不」のつく感情を観客に与える手腕は並大抵のものではない。
確実に感情が操作される。
ファニーゲーム」も見てて確実に不愉快な気分になった。
だけどそれも極上のエレガントな不愉快であって、下品なものとはならない。
いろんな物事を紙一重にさらりとかわしつつ、
神経を逆撫でするという行為ただだけを器用に、冷静に、理知的に行う。


ジャンルと言えばスリラーってことになるんだけど、ほんと怖かった。
(僕は最近ブームの和製ホラーを全然見てないので比較できないのが残念だ・・・)
避暑地に来た家族が得体の知れない若者たちに
ジワジワとあっさりと死に追いやられる、ただそれだけ。
その過程がじーーーっくりと描かれる。


剥き出しの悪意を見せつけられるということはどうしても受け付けない、
そんな人は絶対見ない方がいい。
心臓の弱い人も。ショックな場面の連続で、ということではなくて、
今にも何か起こるのではないかという緊張感で心臓が疲れきってしまうから。


実際、人に危害を加える直接的な場面はほとんど出てこない。
音や声、その場面を見つめている登場人物の表情、そして「間」だけで全て語ってしまう。
良質なスリラーの第一条件みたいなもの。


とりあえず、平和に暮らす婦女子は見てはならない。


ミヒャエル・ハネケは映画の構造そのものが不条理か、
内容が不条理だったりするんだけど、
ファニーゲーム」は「ピアニスト」同様、構造そのものはシンプルで
語られている出来事や登場人物が不条理な方。
今年のカンヌに出た「Cache」はどっちなんだろう。
「コード:アンノウン」のように構造そのものが不条理なのをまた見たいもんだ。


余談。殺戮にまつわる場面で
スプラッター映画のカリカチュアとして鳴り響くハードコアな音楽は
ジョン・ゾーンの名前があったから Naked City か。
97年のオーストリア映画で Naked City 。ふーむ。何かと感慨深い。


あと、得体の知れない若者たち2人のうちの主犯格の方は
爆笑問題の太田に似ていて、そう考えるともう1人は田中に見えてくる。
爆笑問題の太田が2時間にわたって、
ニヤニヤ笑いながらひたすら見てる人の神経を逆撫でするのだから
こんな怖いことはない。