他人の夢が見えるようになった

他人の夢が見えるようになった。
絶えずイメージが入り込んでくる。
「入り込んでくる」という言葉を今使ったが、
それで済むような生易しいものではない。
侵入とか侵略とか言う方が近い。


例えば、そうだ、電車に乗っていると眠っている人がいると
その人が見ている夢が僕の意識の中にも伝わってくる。
忍び寄ってきて心の片隅を乗っ取られる。
不定形でぐにゃぐにゃとしたイメージの奔流。
気違い染みた色彩のうねりと方向感覚の統合。
まるで意味を成さない会話。
たわいなさすぎる過去の思い出。
真っ赤な虫が僕の足元を這いずり回り、
そのたくさんの触手を使って踵から踝へと上り始める。
悪夢になればなるほど、画像が鮮明になる。


眠っている人が絶えず夢を見ているのではないのだ
ということは僕もよく知っている。
目覚める瞬間に潜在意識に蓄積された破片が一斉に結線され
組み立てられるものなのである。
目の前に広がっている海が
突如として巨大な像を作り上げて僕を取り囲む。
不気味な呼吸を繰り返す何かが彼方でずっと潜んでいて、
法則性のかけらもなく襲い掛かってくる。
それが僕の日常になった。
略奪と、蹂躙。磔にされて死を待つようだ。


夜は地獄だ。
僕が眠ろうとする、不眠症の果てに眠れることがある、
僕は僕の夢を見る、それははっきりと分かる、
しかしそれは近くの家やアパートに住む人々の夢に妨げられる。
数多くの人々が繰り返すレム睡眠とノンレム睡眠の周期、
その波が僕の元に次々と押し寄せる。


僕は僕の精神が完全に崩壊し尽くすその最後の瞬間が来ないうちに、
一日のうちの何時間か何分か
正常な意識をかろうじて取り戻して人として行動できるうちに、
山奥か無人島にでも逃げ延びてそこで一人きり生き延びる他ない。
しかし僕は痛む頭でこんなことを考える、
もし鳥たちや虫たちもまた、「夢」を見るものだとしたら。
人気のない山奥で僕の感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。
百億の虫たちが百億の夢を見る。


今の僕にははっきりと分かっている。
精神を病んだ人は、精神を破壊された人は、
他人の夢が見れるようになった人たちなのだ。
そしてそのことを誰にも語ることのできないまま、静かに朽ち果てていく。
僕もまたその一人だ。
そこに加わった。


これを読んだ人は僕を助けてください。
僕をここから連れ出してください。
誰か、そう、誰でもいいから。
この僕を。
助けてください。


だけどあなたの夢は見せないで。
僕の側で眠ろうとせず、
そうだ、僕の側にも近寄らないようにした方がいいかもしれない。
もしもこの病気が伝染性で、あなたにも感染する。
そういうものだとしたら。