マリーゴールド

「妹」は私そっくりだった。いつも一緒にいた。
揃いの服を着て、連れ立って学校に出かけた。
クラスは違ったけれど、休み時間になると一緒に遊んだ。
手をつないで家まで戻ると、よくおままごとをしたものだ。
互いの理想とする「旦那様」は似通っていて、
いつもはそれぞれに旦那様がいることになっていたものの、
時として一人のかっこいい男性をめぐって
(今思うとほほえましい)争いを演じることもあった。


食事の時間は大きなテーブルに並んで座って、夜は同じベッドに眠った。
同じと言っても窮屈そうに1つの枕に頭を並べてという意味ではなくて、
二段ベッドの上と下になって、ということだ。
毎晩私たちはお話をした。
学校でこんなことがあったよ、という話になることもあれば
想像上の波乱万丈な冒険談となることもあった。
その中で私たちは、あるいは私たちのどちらかは、
お姫様となって大きなお城に住んだり、
太陽系の外に出る世界初の女性宇宙飛行士となっていた。
時として上と下を交換し、パジャマも交換した。
そんなとき私たちのママ(あるいはパパ)は
どちらがどちらなのか次の日の朝いつも間違えた。


やがて中学生になり、高校生になる。
それでも私たちは仲良しのままだった。
私がボーイフレンドを見つけると、妹はその「弟」に恋をした。
私が2階の窓から外に出て夜遊びをするとき、妹も一緒になって抜け出した。
4人で車に乗って遠くへと出かけた。湖を眺め、歓楽街を歩いた。
夜が明ける頃になると戻ってきて、
クスクス笑いながらそっと静かに2階の窓を開けて、ベッドにもぐりこんだ。
それから何時間かしてママに起こされると
不機嫌そうにダイニングへと降りていってトーストを食べる。
ママもパパもすっかりお見通しだ。だけど何も、言わなかった。
「あらあら困った子たちね」という表情を浮かべつつも
そこには、「だけど私たちもそうだったのよ」という仲間意識がほのかに漂っていた。
そう、ママにも「妹」がいて、パパにも「弟」がいたのだ。


いつも一緒だった。
宿題を写しあって、日記を交換して。
2人ともニンジンが嫌いで、水色が大好きで。
揃いのテニスラケットを買ってもらって、
2人同じタイミングでボーイフレンドに振られて思いっきり泣いて。
大学の入学式には2人並んで座って、
「いつまでも一緒にいられますように」とギリシア語で彫られた
銀色の小さなペンダントをかけていた。
これは誰も知らない、2人だけの秘密だった。


だから、19歳最後の夜、「妹」と引き離されることになったとき、
私はどうしようもない気持ちでいっぱいになった。
泣きじゃくって、手がつけられなくなった。
土くれになって消えてしまう妹の替わりに私はなりたかった。
パパもママも、誰もがみんな人生で1度必ず経験すると言っていた。
ことあるごとに言っていた、だけど私は信じなかった。
私たちだけは違うと思っていた。
誰かの計らいで、何らかの手違いで、
私と妹が末永くともに生きていくことがありえるのでは、
いや、むしろそうなってしかるべきだ、そう思っていた。
願いは聞き届けられない。この世界の誰であろうと、それは変わらない。
世界中の「妹たち」「弟たち」は20歳を迎えることなく、その役目を終える。


パパとママと私と妹、4人で最後の、静かな食事を終えた頃に家のチャイムが鳴った。
そして妹は真っ白な防護服を着たエージェントに両側から付き添われて、
外の遊歩道をゆっくりと歩いて行った。
妹は振り返って私の方を見てそっと手を振った。
泣き崩れた私は目の前の光景を眺めるだけで精一杯だった、
手を振り返すことはできなかった。

    • -

あれから6年が経過した。
大学を卒業した後、私は大きくもなく小さくもない会社で普通に働き始めた。
仕事の仕方を覚えて、平凡な毎日が過ぎていった。
ついこの間、それまで2年間付き合っていた恋人と別れた。


私が1人で暮らすこじんまりとした部屋。
その窓辺に私はマリーゴールドの小さな鉢植えを置いた。
そこだけポツンと寂しく華やいでいる。淡い黄色の花びら。
私はそのマリーゴールドを眺める。眺め続ける。


マリーゴールドを見ていると「妹」のことを思い出すとか、
そういうことを言いたいのではない。
確かに私は妹を、妹と過ごした日々を、思い出す。
だけどその記憶は今となってはうっすらとしたものとなっている。
頼りなくて儚くて、今にも消え入りそうな。
あのときの私に妹が言った言葉、私に向けた笑顔、
私のために色を塗った画用紙、私に送ったサイン。
その、1つ1つ。
いつの日か記憶の底から失われていく、思い出。


今、私の側にはこの小さな鉢植えしかなくて、
陽だまりの中で輝くマリーゴールドを私は眺める。
椅子に座って、1人きりで、眺め続ける。


水をやらなければ、と思って私は立ち上がる。
キッチンでグラスに水を注ぐ。
窓辺に戻る。


窓辺でポツンと寂しく、佇んでいる。