影の王国を行く

影の王国。人間よりもその影たちの方が強い力を持つ国。
影たちの交差するところに会話が生まれる。
影たちの言葉が交わされる。音のない声で。
表情もなく、ただ黒い光の濃淡だけがあるのみ。
影に支配された人々が柱廊を歩く。
支配された人々は立ち止まり、影たちの会話が終わるのを待つ。
召使のように。佇んで。
そこでは「人」という存在はただの器である。
魂は影の中にある。


その国には暗闇というものがない。
神殿の外であれ内であれ、強い光が全ての場所を満たしている。
白色の人工太陽が常に頭上で輝いている。
太陽の数は1つや2つではない。
無数の太陽のそれぞれが奇妙なそれ独自の論理で動き回る。
矢のように天を駆け抜けるもの、じっとして何百年・何千年と動かぬもの。
その軌跡にて図形を描き、影たちに宣託を与えるもの。
余りにも強い光であるため、人々がその方向に目をやることは許されない。
影だけが太陽を見つめる。
影は常に太陽を追い求める。
掟に背いて盲いた人々は魂を失い、惚けたように立ち尽くし、
虚ろな両目を太陽に差し出す。
やがて太陽が地上に降りてきてその身体を焼き尽くす。


使節として私がその国を訪れたとき、宮殿の奥で客人として扱われた。
夜ともなると宝物で飾られた広間には
山海の珍味が並べられ、強い酒が振舞われる。
艶やかな衣装をまとった踊り子たちが舞を披露し、
屈強な男たちが剣を手に古来からの舞曲を演じる。
そしてその全てが無言で行われる。
影たちには何も聞こえないからである。
爪弾かれ打ち鳴らされる楽器もその身振りだけが伝わるようになっている。
歌い手も声を失っている。
宴席では客人たちの、恐れをなした囁きだけが密かに漂う。
私の隣に座っていた商人は
それまでに私が聞いたことのない言語で私に耳打ちした。


影の王が玉座に座り、私は謁見を許された。
器として選ばれたのは凡庸な風貌の、疲れ切った、私と同じような年の男だった。
強い光に照らされてその顔は精彩を欠いている。
深紅の織物の上を影がうごめき、私のことを見つめた。
私は近付いて私の影をそっと供えた。
光の向きが変わり、海のように広がった王の影が私の影を覆い尽くした。


年に一度、新年の夜には
太陽たちが集まって一つの巨大の球となり、この世界の全てを照らし出す。
石畳の広場に集まったあまねくあらゆるものにその光が届く。
影たちもまた一つに融合する。
巨大な太陽は人々を焼き尽くさんばかりにその光を強める。
私のような旅人にはその場に居合わせることを許されない。
影の王国に住むものだけが許された歓喜のときである。
太陽たちが離れ離れになるとともに影たちも、
それを運ぶ人々も散らばってそれぞれの居場所に戻る。
散らばるときに歌が歌われる。
音のない声で。
静かな、言葉のない歌を。