「アメリカン・スプレンダー」

学生時代からちょくちょく通ってた
東京ランダムウォークの神田店が建物の老朽化により
残念なことに2月いっぱいで閉店することになった。
神保町にはいろんな本屋・古本屋があるけど、
ここは独自な雰囲気があって好きだった。
アートな、というか基本はサブカル系なんだけど上品な感じ。
昨年秋に神保町に常駐するようになってから
昼休みはときどきここでぶらっと本を眺めていた。
記念になんか買うかと2月末のある日入って見つけたのが
映画にもなった「アメリカン・スプレンダー」の原作のマンガ。その翻訳。


作者であるクリーブランド在住のハービー・ピーカー自身が主人公。
頭はいいのに大学中退、ジャズの評論を書いて雑誌に載ったりはするものの
表向きの職業は病院でカルテの整理という基本的にさえない生活を送っていた中年。
それがロバート・クラムという知る人ぞ知るアングラ・コミック界の帝王と
若い頃友達だったことから、ある日ふと自分の生活を原作としてマンガにし始める。
ロバート・クラムだけじゃなくいろんな名だたるマンガ家たちに絵を描いてもらって。
これが大当たり。アングラ層だけじゃなく、インテリ層にも。
そんなこんなでポール・ジアマッティ主演で映画にもなって日本でも公開される。
ある意味アメリカン・ドリームの体現者になった。


内容はとにかく暗くて、救いがない。
悲惨だいうことではない。何もなくてドン詰まりであるがゆえの救いのなさ。
病院でルーチンワークを毎日こなして身の回りの人たちと適度に話す。
結婚と離婚を繰り返し、いつだって女に飢えている。
付き合い始めても結局うまくいくことは少ない。
食べてるのはジャンクフードばかり。部屋の中は散らかし放題で掃除はしない。
本を読むことは大好きであちこちの雑誌に寄稿している。
頭はいいのに世間に認められることはなく、自分の鬱屈した気持ちを常に持て余している。
つまるところ何をやってもうまくいかない。
それだけの毎日。それだけを描いている。


そのマンガの中で哲学的なことを語ることもあれば、
ただただその鬱屈した気持ちを延々と垂れ流しているだけのこともある。
ケルアックからブコウスキーに至る流れの末裔にハービー・ピーカーがいて、
日々の何気ない出来事や人間の醜さを文学的に美しく描き出すこともあれば
憤った気持ちをうまく整理できずに破綻していることもある。
早い話が日本でも人気の出たチャールズ・ブコウスキーのマンガ版。
遅すぎたビートニク


読んでて自分を見ているようだと思った。
「自分のようだ」なんて非常におこがましい。
明らかに僕はこの人以下だ。
マンガにして世に出すだけのバイタリティーはなかったし。
鬱屈した気持ちを抱えていても
それをとことんまで突き詰めて自らそいつと向かい合って
冷静に分析したり笑い飛ばしたりするだけの思いの強さはなかった。
適度にいい会社に入ったらそこにしがみついて
それ以上社会というものを広く深く見てみようとしなかったし。
ハービー・ピーカーと比べてたらほんと僕はひよっこだ。


最初、会社の先輩に読んでもらおうと貸した。
返ってきて開口一番、「いやー、オカムラ君は読まないほうがいいよ」
僕のようにウツウツとした時期に入りやすい人間は
いっきに引き込まれてしまって戻って来れなくなるから、ということで。


結果、ウツにはならなかったけど、あれこれ考えさせられた。




短いのを1個だけ、吹き出しを全部書き写してみます。
「短い週末 無限の世界とありふれた日々」というタイトル。

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土曜の朝。女も地位もないこの男、
私書箱の郵便チェックへ向かっている。
彼にとっては、これが1週間のハイライトだ。


2、3日おきにチェックして、
手紙が1通も来てないとがっかりだからな。
1週間ぶりだから、何か来てるだろう。
今日こそ、誰かしら返事をくれてるといいが。


私書箱を覗き込む)ちぇっ。


ったく、期待してたおれがバカだった。
しばらく誰からも手紙がないから、
今日こそは返事の来る確率が高いだろうと思ってたのに。
平均の法則を当てにしてたが、当てが外れたぜ。


悪い状況から抜け出すどころか、
どんどんドツボにはまってくってこともあるんだな・・・


(街を歩く)


事態がどんどん悪化していって、
そのまま死んじまうこともある。
運がそのうち回ってくるかも分からないし、
人生トントンで終わるとも限らないのさ。


平均の法則?そんなものねえんだよ、
このしがない世の中には。


(枯葉が舞う)


うーん、でも待てよ。
幸せになりたいが、もしかしておれは
幸せに固執しすぎてるのかもしれないな。
幸せなんて長続きするもんじゃない。
人生も短い。幸せになったとしても、
結局はすぐに老いぼれて死んでいくんだ。


(ショーウインドーに映った自分を眺める)


幸せな人生を送ったヤツの方が、
わびしい人生を送ったヤツよりも、
死ぬ前は辛いかもしれないぜ。
わびしい人生を送ったヤツは、
死んでも大して惜しいとは思わないからな。


もしかしたら、最も肝心なのは生き続けることかもしれない。
一番長生きしたヤツが、一番の成功者なのかもしれないぞ。


(1人きり、町外れに佇む)


一体、死んだらどうなるんだろう?
きっと、生まれる前と同じような状態に戻るんだろうな。
何も存在しないのか?
まあ理解はできるが、その事実を受け入れられるかが問題だ。
誰でも生きている時の記憶しかないんだから、
無の存在になった状態を想像するのは難しいもんな。
それに、自分が死んだ時のことを考えるのって、
いい気持ちはしないから、みんなあまり考えはしないんだ。
その可能性自体を否定するヤツすらいる。


死後の世界ってあるのか?
最近、かなり巷で話題になってるが、
まあ、現世で起こってることが全てじゃないって思えるのは、
おれみたいな男にとっては嬉しいことだな。


(枯葉が舞う)


今日はこれから何すりゃいい?
まだ土曜の午前10時だが、何もする気が起こらねえ。


家に帰って子供番組でも見るか。
結構面白いんだよな。


彼の週末は終わった。
しかし彼は、きっと来週も同じことを繰り返す。
そうするしかないのだ。

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僕の文章を長いこと読んでいる人なら分かると思うけど、
僕が落ち込んでいるときに書いている文章と全くもって一緒。
しかも僕がウダウダ長々と書いているのをこの人は簡潔に、
ある意味すがすがしく書き綴っている。
悟りの境地に達しているかのようだ。
僕はまだまだだ。
ああー・・・