Pale Ramona

僕が小さい頃の話だ。
父親が電機メーカーのセールスマンだった関係で
州の中を1・2年おきに引っ越していた。
隣の州に引っ越すこともあった。
ハイスクールまで転校生というものを繰り返していた。
友達ができるのがすぐのこともあれば時間のかかることもあった。
まあ、年を重ねるごとにうまくなっていったように思う。


僕が8歳か9歳の頃に住んでいた家はそれまでと違って
ダウンタウンに程近い密集した住宅地だった。
郊外の白い大きな一軒屋から移り住んだのだから、
最初の頃はあれこれ何かと不満だらけだった。


僕は毎日遅くまで近所の子たちと遊んでいた。
ゴムのボールを蹴って野球の真似事をして側溝に落としたりとかそんなのだ。


隣の家には、僕と同じぐらいの年の女の子が住んでいた。
2階の僕の部屋からちょうど向かいに彼女の部屋があった。
記憶があやふやなんだけど、なぜか僕はその子の名前を知っていた。
ラモーナだ。


青白い肌、青白い瞳。ブロンドのふわったとした髪。
夜になって僕が自分の部屋の中でグローブを磨いていると
窓の向こうにラモーナの姿が見える。
僕は近寄って窓を開ける。
彼女が僕のことに気付いて窓の前に立つ。
ラモーナは決して窓を開けない。
何か表情のようなものをニコニコと浮かべているだけだ。
だけど僕は会話をしている気になっていた。
お気に入りのスパイダーマンの大きなポスターを持ち出してラモーナに見せたり、
アルファベットのマグネットを1つずつ見せて単語を伝えた。
そのたびにラモーナは指差して顔をしかめたり、
両手で口を覆い隠すようにして笑ってみせた。


僕が思ったことは、なんで外で遊ばないのだろう?ということだった。
なんで夜しか会えないのだろう?


学校にも通っていなかった。
病気か何かで外に出られないのだと僕は思った。
いとこのジェーンも喘息がひどくなって1年間学校に通っていなかった。
そういうものなのだろうと僕は思っていた。


僕以外誰もラモーナのことを知らなかった。
いつも遊んでいたトムもジョンもラモーナのことを知らなかった。
僕の両親も知らなかった。
そもそも隣の家とは仲が良くないようだった。
無愛想な年配の夫婦が住んでいて、あまり外に出たがらない。
朝外に出てたまたま見かけたときパパが挨拶をしても
そっけない挨拶が返ってくるだけで、それ以上会話には発展しない。
僕の誕生日にパーティーを開いていたら「うるさい」と怒鳴り込んできたぐらいだ。
今思うと、それまでの人生に何もいいことがなかったかのような、日陰の人たちだった。


どうしてああいう人たちのところにラモーナのようなきれいな子がいるのだろう。
不思議で仕方がなかった。
1度だけ会いに行こうとしたことがある。
隣の家のおじさんが玄関のところにいたので僕は「ラモーナは元気ですか?」と聞いた。
おじさんは驚いたように僕を見つめ、「誰のことだ?」と逆に聞いた。
そして家の中に戻っていった。バタンとドアを閉めて。


春が近付いて、僕ら一家がまた別の町に引っ越すことになった。
僕はラモーナにお別れを言いたくなった。
窓を開けてラモーナの部屋の前で待つんだけど、彼女は出てこない。
レースのカーテンがかかったままだ。
小さなゴムボールを窓にぶつけてみても出てこない。
そうこうするうちにありがたいことに隣の家の夫婦が車に乗ってどこかへ出かけていった。
僕はパーカーを上に掛けると、1階に下りてパパとママがリビングで
テレビ映画に夢中になっているのを確かめてから、こっそり外に出た。


ハシゴをそーっとラモーナの窓に側にかけて、1段1段上っていく。
なぜか僕はとんでもなくドキドキした。
3月の風が肌寒かったのを僕はなぜかよく覚えている。
てっぺんまで上って、窓をコンコンと叩いた。
ラモーナは出てこない。もう1度コンコンと叩いた。
カーテンがゆっくりと開いて、ラモーナが出てきた。
僕の姿を見て、ラモーナはひどく驚いた。
2人して長いこと見つめあったように思う。
僕は「その窓を上に押し上げてくれよ」と身振りで伝えるが、
ラモーナは困ったように首を横に振るだけ。
僕はラモーナに手紙を渡そうとした。
今となってはたわいのないことだ。アイスクリームはどこのがうまいとか、
このシーズンはどこのチームがナリーグのチャンピオンとなって
ヤンキースと戦うことになるかとかそういうことだ。
そして最後に「さよなら」と書かれていた。
新しい家の住所を書いて、よかったら手紙を書いてねと。


渡せないことがわかって、途方にくれた。
僕は封筒を破いて中の便箋を取り出すと窓に押し当てた。
ラモーナはゆっくりゆっくりと一行ずつ指で示しながら読んだ。
ところどころクスッと笑ってくれた。
そして最後の箇所に差し掛かると、泣きそうになった。泣き出した。
読み終えてまた僕らは2人して長いこと見つめあった。
そして、どちらともなくさよならと手を振り合った。
そのとき僕はパパやママによくしていたように、
頬にチュッとキスをしようとした。
窓に唇をそっとくっつけた。
ラモーナも背伸びして、窓の反対側で唇をくっつけた。
目を閉じて、うれしそうな、悲しそうな表情を浮かべて。


どこかで物音が聞こえて、僕は慌てて階段を下りた。
それが最後だった。
僕ら一家はその後2・3日して引越しをした。


新しい町で新しい生活が始まると、すぐにもラモーナのことは忘れてしまった。
そしてもちろん、ラモーナから手紙が来ることはなかった。


僕の言いたかったことはただ、それだけ。
ラモーナが「何」だったのかあれこれ詮索してみても仕方がない。


3月のこの季節になるといつも、ラモーナのことを思い出す。
ラモーナは元気にしてるだろうか。
それとも小さなときのままでいて、
誰かがあの窓の向こうに現われるのをいつまでも、そっと、待っているのだろうか。