立ち直る

4月、新しいPJに配属された。
「すごいお客さん」を相手にしている隣の「すごい部門」からうちの部門に対して
「こういう仕事あるんだけど、やんない?」って話が来て、
そのときたまたま空いてた僕が参画することになった。
右も左も分からなくて、慣れるのに大変だった。
スピード感、方法論、意思決定ルート、などなど。などなど。
一言で言ってしまえば既存システムのリプレースってことになって、
現行システムのことは隣の部門の人たちもお客さんもよくわかっている。
なのに僕ら新規参入者にはいろんなことがいろんなレベルでわからない。
純粋に機能面のことであるとか、物事も進み方であるとか。
分かってる人たちがどんどん先に進んで行って、その分どんどん置いていかれる。
キャッチアップするだけで1日が終わる。
僕が物事を考えたり、決めようとする余地は全くない。
「なんだ、オレ、いらないじゃん」と考えるようになる。
少しずつ少しずつ自分の殻に閉じこもっていく。


気が付くと、「うつ」(と言っていいのかな)の2歩手前ぐらいのところまで来ていた。
やばかった。4月後半から5月前半にかけて。
心が動かなくなっていた。
そのPJのことになると、何もかもをシャットダウンしようとする。
暗い部屋の隅っこでうずくまって、両手で顔を覆って、ガタガタと震える。


話しかけられると、話はできる。
PJ外の人たちとは普通にこれまで通り会話できていたし、
PJ内の人たちとも話しかけられれば、受け答えできる。
だけど、PJの人たちに対して僕の方から話しかけるという「作業」は
ものすごく労力を要する、苦痛な出来事になっていた。


どうしようか、と考えた。
PJを出て行って、これまで一緒にやってた人たちのPJに出戻りできないか、
そればかりを願った。こっそりそういう相談もした。
「やめます」この一言を、言おう言おうとしてなかなか切り出せないまま、
日々だけがズルズルと過ぎていった。


この状態が永遠に続くとなるならば、地獄である。
神経が磨り減っていって、どこかで完全におかしくなっただろう。
会社にとってもコストの無駄でしかない。
何もしないでウツウツとしているだけの要員を食わせていくわけである。
「どうして、こういう僕をこのままここに置いとくのだろう?」
不思議で仕方がなかった。


・・・
15日の週半ば、ようやく立ち直った。


何がうまくいったのか、よくわからない。


ゴールデンウィークに無理やり休みをとって
 友人たちとアメリカに行ったのがリフレッシュとなったのか。


②1ヵ月半が過ぎてPJのことがだいぶ分かってきたからか。


③それまで苦手としていた、PJ内の核に当たる人と腹を割って話したからか。
(僕が話したわけではなく、向こうの思っていることをあれこれ語ってもらった)


④時間が解決してくれたのか。


たぶん、全部、なのだろうと思う。
そのトリガーが③だったのは確か。
16日の火曜の夜、2人でお客さんのところに打ち合わせに行って、
その帰りに寄ったカフェで遅くまで話をした。


隣の部門で出会って1ヵ月半しか経っていないのに
僕がどういう人間であるか見抜いて、
閉じこもっていた僕の扉を開いて、外に連れ出したわけである。
すごい人だとしか言いようがない。
というか「すごい」という以前に「ありがたい」ことだと思う。


どういう大人の事情があったのかは分からないけど、
さっさと見切って
「こいつは使い物にならない。放り出そう」とはしないで、
「なんとか使える力を引き出そう」としたわけである。
「いまどき、そういう考え方の人がいるんだ・・・?」と素直に驚いた。


・・・
僕は立ち直った。


運良く僕は立ち直ることができた。
だけど、その間、周りが見えていない間に、
同じくPJに配属された後輩の女の子が
1人きり思い悩んで、抱え込んで、
そして先週の火曜、ついに倒れてしまった。
金曜になってようやくそのことを知らされた。


複雑な気持ちになった。


よくあること?
そんなふうに言ってしまっていいのだろうか?


先週の月曜の夜遅く、その子と久しぶりに話した。
やつれてしまっていた。
疲れているだけだと僕は思ってしまった。


オカムラさんと話すの久し振りですね」と言われた。
「ま、うまいもの食べると元気になるよ。
 ボーナスが出たらパーッと食べに行こーぜ」
そういうことを僕は言った。


「この子は偉いなあ」
「1人で黙々と仕事してるなあ」
常日頃僕は感心していた。
実情はそうじゃなかった。
1人きり、どこかで助けを求めていたのである。
そして少しずつ少しずつ、奈落の底に落ちていった。


僕を含めて、周りの人たちは
そのことに気付くことができなかった。


・・・
話すということの重要性を僕は今、痛みのように強く感じている。


何気ない冗談。ちょっとした確認。朝の挨拶。
思ってることや考えていることを、
お互いが近づいて、言葉にして伝えようとしなければ、
やはり伝わらないのだ。


人間という生き物は、そうすることによって生きていくものなのだ。