in a model room

僕が死んで幽霊となってみてわかったのは、
この世界はこれまでに地球上に生きていた全ての人たちが幽霊たちとなって
あちこちを彷徨っていて、ひしめきあっているのではないのだということだ。
僕は僕以外の幽霊を見たことがない。
1人きり。この地上とその上空をすることなくフラフラしている。


最初の頃は生きていた時に住んでいたアパートの中で過ごしていた。
しばらくは空き室だったのがやがて見も知らぬ他人が住み始めたので出て行くことにした。
他人の赤裸々な生活ってものは最初のうちは得体が知れなくて面白いんだけど、
そしてそれを僕は来る日も来る日も眺めてたんだけど、
それがやがて何日も何日も同じ出来事の繰り返しになってくると
ゾッとした気持ちが拭えなくなってきた。
出て行くことにした。
(言うまでもないが、生きていたときの親類や友人の生活を覗き見るのはもっとゾッとすることだ)


人が住んでなくて、居心地のいい場所を探しているうちに
モデルルームに行き着いた。都会の中では必然的な選択だ。
山奥の使われてない別荘ではさすがに寂しいし。
昼間は新宿や渋谷を歩いたり、上空で昼寝したりして、夕方戻ってくる。
夜は完全な空き家だ。
ベッドの乱れも直されている。トイレだってきれいだ(使うわけじゃないけど)。
モデルルームのダブルベッドに潜り込んで、僕は眠る。
1週間すると飽きてくるので、別のモデルルームへと移り住む。
新築のマンションの最上階って言うのも楽しい。


他の人たちはどこでどうしているのだろう?
他の幽霊たち。いないのだろうか?
僕だけがなんかの手違いで取り残された?
だとしたら、どうしたらいいのだろうか?
これが永遠に続くのだろうか?
なんかの問題でこの地球がなくなってしまっても、僕は宇宙空間に漂い続ける。


モデルルームに設置されたテレビは電源が入ることもあれば、入らないこともある。
僕はまず最初にその辺りを確認して、入らないようならば他の家を探す。
夜はカーテンを閉めて明かりが外に漏れないようにして、テレビを眺める。
深夜番組ばかりを。
世の中の動きを知って、若い芸人たちのコントを見て、
使い道のなさそうな物ばっかり売ってるテレビショッピングに笑う。
テレビを見るぐらいにすることがない。
この世界にはたくさんの人間たちがいて、たくさんのことをしている。
それをたくさんのカメラが捉えていて、たくさんのチャンネルに配信される。
僕はそれを眺めている1人になる。


例えば今、外は雨が降っていて、朝が来ても僕はそのままそこに居続けた。
住宅販売の会社の人がやってきて鍵を開けて入ってきた。
黒いスーツを着た、若い女性だった。あちこち整えて簡単に掃除をした。
ダイニングのテーブルの上に書類を広げて、携帯で誰かに話をした。
客らしい客は1人も来ない。
雨が降っている。
僕はそのテーブルに向かい合って座って、その人のすることを見つめている。
もちろん僕に気づくということはない。


なんだかそんなふうにして日々が過ぎていく。


僕は幽霊だ、もうずっと長いこと幽霊だ。
そして日々、することがない。
何万年、何億年経とうと、僕にはすることがない。


リビングルームのソファーに座って、僕は降り続く雨を眺める。