見知らぬ町

駅を出てアパートまでの道のりを夜、1人で歩く。
明日も明後日も今日と同じ1日を繰り返すのか、ということを考える。
帰ってもすることはなくシャワーを浴びて寝て起きてスーツを着て出て行くだけ。
朝昼夜の食事の合間に仕事をする。
アパートに帰りついたら、いつも通りのルーチンワークが待っている。
昨日の夜あれこれ考え事をしながら、
というか取り留めのないことが浮かんだり消えたりしながら歩いていると
帰り道がやけに長く感じられた。
長いこと歩いたはずなのに「まだここ?」と軽い驚きを覚えたことが何回かあった。
心の中で引き伸ばしていたのだと思う。
「帰りたくない」という気持ち。
このままずっと歩き続けてどこか別な場所に行きたい、という気持ち。
それでも、いつか帰り着く。いつものように。日々何も変わることなく。


歩き続けるうちに、見知らぬ町にたどり着いていたなら。
そしてそこから永遠に抜け出ることができなくなったなら。
どこまで歩いても、見知らぬ町は見知らぬ町のまま。
住宅地だけが、似たような家並みだけが、果てしなく続く。
大都市にも、海にも山にも行き当たることはない。
名も無き人々の住まう家だけがその世界を、その星の地表を、覆っている。
僕もまた名前を失っている。
真夜中を行きかう人々は誰もが無言で、1人きりだ。
夜明けが来ることはない。
夜が明けたならばその町は、
何もなかったかのように忽然とかき消えてしまうだろう。


僕は何かに憑かれたようになってその町の中を闇雲に歩き続けた。
まっすぐ歩いては何の脈略もなく折れ曲がり、場合によっては引き返す。
そんなことを果てしなく繰り返して、手がかりを探す。
何の手がかりか?僕は何を探しているのか?
それは自分にもよくわからない。
ただ、何かを探している。
あるいは、それはただの「ふり」でしかなくて、
僕は「歩く」という行為の意味を見出そうとしているだけなのかもしれない。
立ち止まったら、全てが終わりを迎えてしまいそうな気がする。
疲れきって足を止めて、辺りを見回してみたとき、
それが僕の住むアパートの目の前で、いつもの見慣れた風景ならば
絶望的じゃないか。


この世界から逃れられない。
この日々から逃れられない。


僕は僕という存在から逃れることができない。
この僕を形作る記憶、この僕を形作る感性、欲望、意識。
そういったものの、全て。


夜、歩く。見知らぬ町を求めて、毎日同じ道を、歩く。
いつの日かたどり着いているのではないか、
迷い込んでいるのではないか。
そんな希望を心の片隅に抱きながら、日々を生きる。生きていく。