断章


去年書いた小説を全面的に書き直ししている。
その中でカットした箇所のうちの1つ。

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実験動物について考える。
無数のネズミたち。
目の色を変えられた、体毛が皮のようになった、
尻尾の先に知能を持った、無数のネズミたちのことを考える。
そこには何十匹となく発狂したネズミたちがいる。
餌として与えられた緑色のゼリーを齧り、忙しなく檻の中を走り回っている。


白衣を着た人間たちがモニターに映し出された数値をノートに書きとめている。
同僚の研究者に冗談を言う。
昨日の夜、盛り場に出かけたときのことを話す。
ネズミたちには電流が与えられる。
あるいは注射を打たれる。
針の先がその柔らかい肉の中に差し込まれる。


真っ白な色をしたネズミが一匹、死んでしまった。
その死骸がポリバケツの中に投げ入れられた。
同じようなネズミたちが何百匹・何千匹とその中で死んでいた。
まだ若い女性の職員がそのポリバケツをリフトに載せてどこかに運んでいく。
いつもの決まりきった仕事。焼却炉へと運んでいく。
彼女は昼に食べた食事のことを考えている。
そろそろ髪を切ろうか、今度は何色に染めようか、そんなことをとりとめもなく考える。
昨日の夜、彼女の体の中に入った彼氏の精液のことについて考える。


そのとき、ポリバケツの中で一匹のネズミが息を吹き返す。
死骸の堆積層の中ではかなり表面に近い場所にいたので、それが「近い」ことを知覚する。
光(あるいはそれに類する何か)を求めて
仲間の肉体を押しのけていくうちにやがて「地上」に出る。
鼻をクンクン言わせる。
異質な、不快な匂いがする。
それはこの空を覆っているものの隙間から漂ってくる。
壁際で固まっていた仲間の死骸を踏み台にして外に出る。鉄の棒を伝って走る。
人間を見つける。
そいつは何のためらいもなくその手の甲に噛み付く。
彼女は悲鳴を上げる。
薄暗い通路にその悲鳴が響き渡る。
やがて警報が鳴る。
ネズミはどこかに消えてしまった。
彼女を残してリフトはゆっくりと前進を続ける。ポリバケツは焼却炉へと向かう。
新しいウイルス、新しい病原体、新しい、新しい、新しい、…
彼女は公には「交通事故に直面し、云々」という扱いにされる。
 

あるいはこういうことを考える。
親指ぐらいに小さくなった人間は
町でピエロが配っている風船に体を括り付けて空を飛ぶことはできないか。
それが可能ならば、
巨大な風船を作ってそこに大量のヘリウムを注ぎ込めばいいのではないか。
風に流されながらもどこまでもどこまでも高く高く飛んでいって、やがて宇宙に出る。
いや、そんなことはありえない。
気圧の関係でどこかの時点で風船が割れてしまう。
風船搭乗者は無限に落下し続ける。
地面に落下して、死ぬ。
グチャグチャになって。