家の話

夏のある暑い日、家の近くの四辻に建っている家の中から
喪服を着た人たちが外に出てきた。
家族が2つほどといったところか。
悲しそうにしているでもなく、もちろん、楽しそうにしているでもなく。
ほとんどの人は無言で、話すにしても淡々とその日の暑さについて語るだけだった。
葬儀がどこか他の場所で行われ、近くだったから立ち寄ったというところか。
あるいはそもそもこの家を集合場所にしていたのか。
50ぐらいの夫婦、20代を過ぎたぐらいの息子。
亡くなったのは祖父か祖母なのだろう。
煙草屋を営んでいたようなのだが、
僕がこの辺りに越してきた時には既に店を閉めていた。
いや、その頃はまだ店をやってたかもしれない。
思い出せない。
・・・思い出せるわけがない。


家は空き家となった。
住む人がいなくなって急速に古びていった。
ただ僕だけがそのように感じただけなのかもしれない。
元々、朽ち果てる寸前だったのだろう。


この前の火曜か水曜、前を通りかかったら
家がすっぽり工事現場のシートで覆われていた。
次の日の朝はまだ家の形を保っていて、夜にはもう更地になっていた。
この土曜や日曜、何度か通りがかる。
それまでそこにあった家がなくなっているというのは
僕なんかが言うまでも無く、とてつもなく奇妙なものだ。
ぽっかりと穴が空いている。
なぜなのかわからないが、その穴は僕の心の中にも空いているように思う。
大きさは違うけれども、似たような形で。


この前の日曜日。
近くに住んでいたのか、老夫婦がじっと立って
今となっては影も形もない家を感慨深げに眺めていた。


今日の朝もその更地の前を歩いて、夜もまた帰りに眺める。
これから先毎日、この更地を目にすることになる。
いつの日か慣れてしまうのだろう。
家があったことすら忘れてしまう、
あるいは買い手がついてまた別の家が建つか。


だからそれがなんだと言われたらただそれだけのことなんだけど。
ただそれだけの話。