彼女マシーン


1−1)
31歳独身。男性。1人暮らし。出会いなし、恋人のできる見込み全くなし。
いてもたってもいられなくなって、僕も「彼女」を買ってみることにした。
マンガ雑誌の裏表紙の広告から、深夜の通販番組まで
今やありとあらゆる場所で恋人が販売されている。
大手ショッピングサイトでもワンクリックで購入可能だ。
僕はそのうちの1つを開いて、カタログ情報を眺めてみる。
いろんなタイプの女の子がいる。
容姿や年齢、服装の好み、擬似的に用意されたプロフィール。
あれこれ迷った末に(そう、気がついたら長い時間をブラウザの前で過ごしていた)
「この子にしよう」と決める。
身長165cmで髪は肩まで、年齢は27歳で職業はOLとなっている、などなど。
グレードは一番低い2週間とした。サービス価格。
もちろん支払いはカード、一括。


1−4)
土曜の昼、届いた。1m四方のダンボール。
持ち上げてみると意外と軽い。
ガムテープをはがして中を開ける。うずくまるようにして彼女が入っていた。
体を持ち上げて(無意識のうちに僕は胸の部分を触っていた)取り出す。
箱の底にはマニュアルと付属品一式の説明書き。
注意事項と免責事項が記載された1枚ペラの文書。
「女の子はデリケートです。手荒なことはしないでください」に始まり、
「缶詰は直接コンロにかけないでください」的な文言が
A4の紙の上から下までびっしりと。


1−6)
僕は彼女の口を開いて、軽量カップで水を注ぎ込む。何度も何度も。
口の端からこぼれて、僕はティッシュでぬぐう。
5リットル分の水が酵素だのなんだのを活性化させ(その辺の理屈はよくわからない)、
彼女を体重50キロの「生きた」「肉体」へと作り変える。
床の上に横たわった彼女が、何度か、ピクッと震える。
水色のサマーセーター(半袖)を着て、白のコットンパンツ。
僕はうなじの下の柔らかなスイッチを押す。
ビクッ!と大きく震えて、彼女が目を覚ます。
虚ろな目をしている。表情と呼べるものもない。
だけどそれが少しずつ、少しずつ、変わっていく。
生まれたばかりの彼女のココロの中に僕という存在が刷り込まれていく。
口をゆっくりと開けて、彼女は言う。
「こんにちは」
僕は無言のまま、彼女を見つめる。


3−3)
仕事から帰って来ると、部屋の隅にうずくまっていた彼女が目を覚まして立ち上がる。
「おかえりなさい」
「ただいま」と言うことに慣れていない僕は「ああ」と小声で呟く。
鞄を置いて僕は着替える。
彼女はテレビのリモコンを探してスイッチを入れる。
食器棚からグラスを2個取り出すと、冷蔵庫を開けてパックのオレンジジュースを注ぐ。
テーブルの上に置く。自分の分を飲み始める。
僕は僕の分を飲む。


7−5)
展望台から眺める東京。
「わー・・・」と彼女がはしゃぐ。「すごいね!」
ぐるっと一周して、東京湾を前にして立ち止まる。
「うみ?」
僕は「海」と答える。
「なにか、うかんでる。むこう」彼女が指差す。
「船」
「・・・ふね?あ、わかった。ふね。しってるよ」
「乗ってみたい?」
「うん!」


12−9)
ベッドの上でぐったりとなった彼女は二度と目を覚ますことがなかった。
土曜の夕暮れ。ぼんやりとした日差しがうっすらと差し込む部屋。
僕はこの2週間という時間のことを考える。
彼女は最後に、「さよなら」と言った。そして笑った。
そういうふうにプログラミングされているのだろう。最後に笑うということ。
彼女の行動の全てが、僕への受け答えの全てが、事前にコード化されている。
彼女と過ごして、楽しかった瞬間が何度かあった。なのにそれは・・・
そういうことを考えると、今更ながら悲しくなった。
僕も、「さよなら」と返した。
彼女は続けて、「ありがとう」と言った。
もう一度繰り返した。
「ありがとう」
弱々しくその目を閉じて、電源が切れた。


13−1)
「延命」サービスは偉く高くつくことになっている。
業者の狙いはもちろん、そこだ。
払ってもいいかな・・・、と僕は思う。


13−2)
彼女は今、キッチンの椅子に目を閉じて座っている。
僕は1日に何度か、その姿勢を変える。
彼女が「生きている」ときには決してそうしなかったのに、
最近の僕は言葉を返すことのない彼女に対して積極的に話しかけている。
期限の切れる前になって、僕は延長することに決めた。
一緒に、彼女の着る服を何着か追加した。
サービスパックは1週間後に届くことになっている。
夜、僕は彼女と向かい合って食事を取る。
僕は彼女の分も皿を用意している。
僕は彼女に話しかける。