幻の世界

子供の頃のことを書こうと思って、ここ2・3日あれこれ考えた。
だけど何も思い浮かばなかった、
というか書くに値するようなエピソードは何も思いつかなかった。


替わりに思い出したのは、その当時抱いていた様々な物事に関する恐怖心だった。
内向的で運動神経のよくない僕は
友達と遊んでいるよりは一人きり本を読んでいるのが好きな子供だった。
その本というのも「超常現象の謎」みたいなのがほとんどだった。


毎朝毎朝、小学校に行くのが苦痛でしょうがなかった。
ある朝教室に足を踏み入れると、
そこは4年2組であるはずなのに僕の知っている「友人」たちは誰一人としていない。
彼らは僕を「なんだこいつは?」という目で眺める。誰かが最初にからかい始める。
僕は教室に背を向けて廊下を駆け出す。泣きながら。
でも、そうしたところでどこにも行き場はない。
もしかしたら、僕の住んでいた家ですら変わってしまっているのかもしれない。
僕は4次元の世界の中で迷子になる。
そんな状況を思い描いては「今日こそそうなるんだ」と思い詰めていた。
幸いにも、それが現実化することは一度としてなかった。
だけど何かの弾みでそれが現実化することはあったのかもしれないと思う。
得体の知れない恐怖に押しつぶされた僕の、頭の中の配線が焼きついてしまって。
あるいは、実際に4次元の世界の中に迷い込んで。


こういう疎外感、逆さまの現実逃避ってのは僕だけではなくて、
案外いろんな人が小さい頃に感じていたものなのだということを最近になって知る。
普通のこと、とまではいかないまでも、ある程度の割合で存在するもののようだ。


僕は僕が抱いていた空想について誰かに話すことはしなかった。
頭がおかしいと思われるだろうから。
話した相手が4次元から来た人ならば、
秘密を知ったってことで絶対連れ去られるだろうから。
誰かに話せばよかったのかもしれない。きっとそうするべきだったのだろう。
そして頑なに閉ざしていたココロの扉をそっと開けてもらえたかもしれない。


しかし、年上の人に相談したとして、
それが幼少時の不安感というものに全く理解のない人だったら。
あるいは、同世代の子供で、同じ空想を抱いていて、
もっともっとその世界に入り込んでいたとしたら。
仲間を見つけたと思った彼は僕にその秘密を打ち明ける。
僕はその秘密から脱け出せなくなる。
空想の世界は際限なく広まって、現実の世界との接点をどんどん塗りつぶそうとする。
彼の世界の中でしか通じない言葉で書かれた手紙を受け取って、
僕はその手紙に返事を書かなければいけないと思い込む。


いや、こういうのって特殊なことでもなんでもなくて
子供たちの間には、少人数のグループの間で共有された
彼ら/彼女たちだけのもう1つの世界ってのがあって、
それは様々な現われ方をしていたのだ。お姫様的なものだったり。
そして現実の世界と空想の世界と2重の生活を
僕らは多かれ少なかれ送っていたのだ。


僕のそういう空想(妄想?)のピークは小学4年だったように思う。
そこから先は現実が100%の世界の中で生きている。
だけど世の中には今でも空想の中に入り込んだまま、
現実と区別できなくなっている人ってのもいるはずなのだ。
僕と彼の違いはどこにあったのだろうか。
以外と紙一重だったのではないかと考えるとぞっとする。


・・・そうだ。僕はまだ空想の世界に住んでいるのかもしれない。
子供の頃に構築した完璧な空想の世界に入り込んで脱け出せないまま。
全てが夢。全てが幻。
その世界は僕が死ぬその最後の一瞬まで存在し続ける。
いや、その世界は僕が死んだ後も存在し続けるのだ。
僕の不在のまま、あるいは、僕の魂に永遠にとりついて。