青空シンフォニア

屋上に上った。柵にもたれた。
僕以外に誰もいなかった、青空の他に何もなかった。
煙草を吸った。ゆっくりと煙を吐き出した。
遠くにビルが見える。低い町並みが広がっている。
車の走り去る音。かすかに喧騒が聞こえる。
目を閉じて10数える。目を開ける。
この世界は何も失われていなかった。
10秒前とそっくりそのままだった。


いや、違う。
屋上の反対側の端に女の子が立っていた。
女子高生。制服を着ている。
柵に寄りかかって、こちらに背を向けている。
長い髪がふんわりと風になびく。
この世界を眺めているのだろう。
屋上に上って、足元に広がる町並み、
遠くまで続くこの都市の風景を見つめながらでないと
想うことのできない物事をそっと抱えている。


僕はこの屋上は初めてだったけど、彼女はいつも来ているのかもしれない。
自分だけの秘密の場所を邪魔されたようで、今、むっとしているかもしれない。
そんなことを考える。
かといってここから立ち去る気にはなれない。僕としてもまだ来たばかりだ。
2本目の煙草を吸った。両腕を柵の上に伸ばして、それとなく彼女を眺めた。


以前の恋人のことを思い出した。
特に理由はない。どこでどうしているのだろうと思う。
知りたいか?と聞かれたらそうでもない。
偶然どこかで耳にするのならばいいけど、わざわざ探したいとは思わない。
この果てしなく広がる世界のどこかにいるのだろう。
もしかしたら海の向こうかもしれない。


今目の前にいる女の子とは、外見的に似ているところは何もない。
いや、顔を見たわけではないので確かなことは言えない。
振り向かないかな、と思う。
声を掛ければ振り向いてくれるだろうか?
だとしたら何て言えばいいだろう?
ねえ、とかそんなのでいいように思う。
だけどそれだと気付いてくれないかもしれない。
3本目の煙草を吸う。結局のところ、どうだっていい。
僕は声を掛けることはない。
いや、問題はそういうことじゃない。
声を掛けた先、何をどうする?
僕は、何を、どうしたい?


目を閉じて10数える。目を開ける。
予想していた通り、女の子はいなくなっていた。消えてしまった。
遠くにビルが見えた。低い町並みが広がっていた。
車の走り去る音。かすかに喧騒が聞こえた。
そしてこの世界から、あの女の子だけが失われてしまった。
両腕を柵の上に伸ばして、空を仰ぎ見る。
青空。眩しいほどの青空。
そして静けさ。


僕は目を閉じる。
ずっとこのまま、開けなくてたっていいと思う。
そよいだ風を体に感じて。
僕の側を通り過ぎて。