20歳のときに書いた作品

ふと、学生時代に書いた小説のことを思い出し、読み返してみたくなった。
プリントアウトしたのが「作品集」ってことで分厚いチューブファイルに挟んである。
すぐにも見つかる。


読んでみて驚いた。
・・・あまりの文章の下手さに。
下手、なんてもんじゃない。これはいったいなんだ!?


その作品は生まれて初めて書いたものではなく、100枚以上の作品としては3作目に当たる。
大学3年生の夏休みに一気に書いたものだ。今から12年前。僕は20歳だった。
書いてる間に手応えを感じて、「これだ!」と1人興奮していたことを今でもよく覚えている。
あのときの心の高まり。この世界に対して抱いた気持ち。
ようやく自分の望むものが書けたという喜び。


それがひたすら美化されていって今に至り、いつしか青春時代の美しい思い出になっていた。
はあ。「こんなだったんだねえ・・・」と落胆することしきり。
開けなきゃよかった。そしたらいつまでも輝かしい青春の1ページだったのに。


よくもまあこんなのを周りの人に配って歩いたもんだと恥ずかしくなった。
思いあがりもはなはだしいよ。
「人としてどうよ?」と殺意すら感じる。


それにしても。
この僕も文章がうまくなったもんだなあと今回の一件でしみじみ思った。
あの頃と比べて。
文体にリズムがないし、余計な、どうでもいいことばかり書いている。
文学的だと錯覚した、気取った表現ばかり。
そもそも自分の文体というものがない。そういうものが必要だとも感じてない。拙くて幼いだけ。
若さゆえの勘違いばかりダラダラ渦巻いている。
この頃にしか持ち得ない強烈なパッションやリビドーに満ち溢れているとか、そんなでもない。
せめてそれがあったなら救われたのに。
要するに僕は生まれてこの方、才能なんてなかったわけだ。よくわかった。
それでもあきらめるわけにいかないから、努力してみた。
そういうこと。
少なくとも「うまく」はなった。自分の中では。


この作品、電子データが昔のマックにしかないので、
5月6月の休みに少しずつ打ち直した。
ほぼ全体的に書き直しているのでものすごく時間がかかっている。


なんでそんなことするのか?
12年前の自分との「対話」とかコラボレーションとかそういうきれいごとじゃなくて。
というかそんなのが成立するレベルじゃなくて。
ただただ、あの頃の自分に腹が立ってるだけ。
でも、作品そのものには罪が無いからかわいそうになっただけ。
アップデートさせてやりたくなった。


今の自分の言葉で書き直したところでたいした完成度にはならない。
物語そのものの枠組みの大きさや方向性は変えようが無いから。
でも、やんなきゃいけないと思った。
応募したり、他の人に見せたりはしない。よほどひらめいて大化けしない限り。
たぶん、使えそうな部分を別の小説にリサイクルさせるんじゃないかな・・・


などなど否定的に書いてきたけど、
実はなにげにこの書き直しの作業はなかなか楽しいもんであって。
作品と向かい合ってる時間は割と幸福だったりした。