世界の果てで缶詰工場の日々

仕事が煮詰まってきて八方ふさがりになってくると缶詰工場で働くことばかり考える。
村上春樹のように「象工場」なんて優雅なものは考えない。
だって、生活のためだから。食っていくためだから。
それ以上の意味はない。だったら缶詰でいい。


缶詰工場で来る日も来る日も缶詰を作って働く。
朝は9時に出勤してロッカールームで灰色の作業服を着て、
たまたま隣り合わせた年の違う同僚と当たり障りのない世間話をして、
9時半までにラインに入る。チャイムが鳴って作動し始める。
僕の仕事は原材料の選り分け。
ベルトコンベアに乗って右からひたすら流れてくる■■のうち、
規格外のものを拾い上げて右脇の台の上に置いたバケツの中に放り込む。
■■の大きさはだいたいのところ機械が最初の段階で選り分けてくれるが、
色や形のおかしなものは識別しにくい。
ここに人間の熟練した能力が必要とされる。
色や形の不揃いな■■は後から回収されてすり潰して、
他のいろんなものと混ぜ合わせて、家畜の飼料となる。


立ち仕事。30分もすると疲れてくる。50分やって10分休憩。
午前中はそれが3時間あって、12時半から昼休み。
大食堂に集まってトレイを持って配膳カウンターに並ぶ。
アルミの器にシチューだのカレーだの入れてもらう。
メニューは曜日によって決まっている。
天井近くにテレビが設置されていて、その近くの席は人気がある。
出遅れた僕は今日もまた、端っこの席になった。テレビの音だけが聞こえる。
だいたいのところ人々は黙って食べている。笑い声はあまり聞こえない。
食事の後は工場の中庭に出る。
出たところで何があるわけでもない。人によってはキャッチボールをしている。
自販機でコーラを買おうかとも思うが、金を節約しようと僕は我慢する。


午後。13時半から17時半までの4サイクル。
17時半にはラインが停止する。ロッカールームで着替えて、工場の門を出る。
自転車に乗って、アパートに帰る。小さな、6畳の部屋。


ここは世界の果てで、この世界は終わりかけているとしよう。
なので基本的に「町」には何もない。
娯楽と言えるものは少ない。
酒を飲める場所がいくつかと、ビリヤードのできるボーリング場と。それぐらい。
その町に友だちのいない僕は酒を飲みに行くこともない。
金の使い道がないはずなのに、なぜか金はたまらない。
その町から出て行くことができない。


そういう町で毎日朝起きて缶詰工場で働いて
夜帰ってきてすることもなくてテレビを見て過ごす。映るチャンネルは2つだけ。
衣料品だろうと雑誌だろうと必要なものは全て駅前のスーパーで手に入る。
土日は疲れきって寝ている。
思い立つことがあると、自転車で遠くまで出かけて、海を眺める。
世界の果ての、終わりかけの世界の、灰色の海。
波が押し寄せては返す。ただそれをずっと眺める。


月曜になると僕はまた缶詰工場に戻る。
チャイムが鳴る。目の前をどんどん、■■が通り過ぎていく。
フロアの反対側をちらりと見ると、完成した缶詰がどこかへと消えていく。
「ああ、あの缶詰はこの工場を出て、どこへと向かうのだろう」と思う。
どんな人がこれを食べるのだろう。
どんな家庭でこれが開けられるのだろう。
僕はこの世界のどこかにいる、幸福な人たちのことを思う。


ここは世界の果てなので、■■がたくさん獲れる。
一応、名産品ということになっている。
積み上げたのがトラックから転げ落ちたのか、道端で干からびた■■をよく見かける。
■■は増えすぎて、やがてこの町を覆いつくすと言う人もいれば、
逆に減って行って絶滅寸前なのだと言う人もいる。
とりあえず僕はどれだけおなかが空いていようと、■■は食べない。
工場の食堂でも、出てくることはない。


どこまで行っても世界の果て。
どの町にたどり着いたところでその町その町の缶詰工場がある。
彼らの作った缶詰がスーパーで売られていて、僕は、僕らは、日々それを食べている。
□□の缶詰。
夜、小さなアパートに帰ってきて、一人きり僕は□□の缶詰を開けて食べている。