続けた人たち

以前何度か書いたことであるが、モロモロの事情により
大学1年生の頃僕は体育会系の社交ダンス部に属していた。
僕の大学は非常に強かった。都内では確実に5本の指に入る。
全日本学生チャンピオンとなった先輩もいた。
半年ぐらい練習に通って、いろいろあって結局辞めたけど
そこで過ごした時間、というか練習後とかに飲んでた時間は楽しかった。
体育会系でひたすら社交ダンスに打ち込む青春。
授業を受けているかレッスンスタジオに通うかバイトしてるか、
生活のほぼ全てを1つのことに捧げた青春時代を送っている人たちって
その後の僕の人生では出会うことがなかった。


先日、新聞を読んでいたら15日付の毎日新聞だったんだけど、
「企画特集 ダンススポーツの祭典」ってことで
10月20日と21日に千駄ヶ谷東京体育館で行われた
「ダンススポーツフェスティバル in 東京」の模様が紹介されていた。
20日は「世界10ダンス選手権大会」
世界30カ国の代表が出場して
ラテン5種目(ルンバ・チャチャチャなど)、
スタンダード5種目(ワルツ・タンゴなど)を競うというもの。
21日が第27回「三笠宮杯選手権大会」という歴史ある大会。


この「三笠宮杯選手権大会」のスタンダード部門2位に大学の先輩の名前があった。
新聞を読み飛ばしていたら「あれ?」と最初に目に留まって、もう一度ちゃんと見てみた。
1個上の先輩。寮でも先輩だった。温厚で物静かな方だった。
パートナーも変わらず。この方も1個上の寮の先輩だった。
「そうか、競技ダンスをずっと続けていたのか・・・」
すごいなあ、とため息が出た。もう30代も半ば近くだというのに。
優勝したのは一回り下の20代前半のペア。
スタンダード部門は当初からこの2組による対決と評判だった、と新聞には書かれていた。
一回り下の世代と互角に渡り合うってのがすごい。
優勝した男性は
「父親は、全日本チャンピオンで兄2人は、トッププロで活躍する『ダンス一家』。
6歳から踊り始め、10歳でパートナーを組み、
中学に入る直前の春休みに英国での大会に出場し、3位入賞」とあった。
正にサラブレット。
対して先輩は僕の知る限り、普通の家で普通に育って高校時代までは全然別のスポーツをしていて、
社交ダンス部には寮の先輩が入っていたので誘われて入ったはずで。
それがここまでのものになるのである。


新聞には2人の経歴が紹介されていた。
競技ダンスは続け、各種大会で活躍、アマチュア全日本チャンピオンとなったり、
 アジア選手権でも優勝、三笠宮杯全日本ダンススポーツでは2回、
 優勝するなど輝かしい戦績を誇る。
 ダンスに打ち込み、世界に挑戦するためにそれぞれ退職、
 イタリア、英国など欧州各国に留学し、練習に励んでいる」


その人生において決断するポイントがいくつかあって、
それを正しいものとするために日々絶え間ない努力があって。
そして今に繋がる。これってものすごいことである。
そんなすごい人と寮の廊下ですれ違い、世間話をして、
大学の体育館にて例え短い間とはいえ教えを受けていたのか、僕は・・・


新聞には日本ダンススポーツ連盟が日本オリンピック委員会に正式加盟した、とあった。
全然よくわかってないんだけど、オリンピックには実は競技ダンスが種目としてあって、
次の次の大会ぐらいには日本からも選手団が送られることになるのかな。
何組出られるのかわからないけど、
国ごとに枠があるのか、それとも世界ランキングによるものなのか、
来年の北京オリンピックに先輩たちが出てたらすごいね。
新聞のトーンから察するにもっと先のことのようであるが。


新聞の記事ではこんなふうに結ばれていた。
「2位となったことに2人は、
『現在の実力です。技術的に改善しなければいけないところがあります。
 世界で通用する演技ができるようにがんばります』とさわやかな表情で話した」