「今からエベレスト上れ。期間は1か月」

大規模システム開発について、最近思うことを寓話として。


「今からエベレスト上れ。期間は1か月」
上司からそういう指令を受けてあなたは今、ボンベイの港に降り立った。
(現実にはありえないだろうけど)エベレストが遥か彼方遠くに見えているものとする。
「おまえがパイオニアだ。道は自分で切り開け」
そんなふうに激励されて、日本を出発してきた。


山は遠くに見えている。
しかし、そこまでどう行ったらいいのかわからない。
だけど「1か月あるしな」何とかなると思う。


なんか交通機関を利用したらいいだろうと考えるが、窓口で言葉が通じない。
とりあえず切符は買ったものの、日本と違って列車が時刻通りに発車しない。苛立つ。
切符を買い間違えたのか、なんか予想と違う方向に向かっている。ような気がする。
車掌を捕まえて話そうとするが、やはり意思の疎通がとんちんかんになる。
こんなことを考え出す。
「これなら歩いた方が早い、確実だ。エベレストは依然として視界に入っている。
 そっちに向かって歩いていけばいつか必ず着くじゃないか」


どうにかこうにか麓まで着いたとする。
(それまでに思いがけず時間がかかってしまったため、
 1か月という目標は投げ出され、2か月先だったり1年後になっていたりする)


じゃあ上り始めるかってことになる。
それまでに富士山は上ったことがある。
その「経験を生かして」頂上は寒いからダウンジャケットを持ってきたり、
割と頑丈なスニーカーを履いてきている。
それ以外の装備は途中のどこかで調達すればいいと思っている。
上司もそう思っている。


しかしそれも自分が着ていく服がどうこうということぐらいしか最初イメージできず、
例えば連絡を取るための無線機はどうあるべき、ということまで頭が回らない。
段々分かりかけてくるが、「じゃあその無線を使うためのバッテリーって?」
「え?こんなに大きいの?1人で俺運べるの?」ってことになる。
装備一式運ぶのにどれだけ現地の人を雇えばいいのだろう?
悩んでも仕方ないからエイヤで決める。3人。
予定外の出費だったのでまず先に値切ることを考える。
例によって、意思の疎通はうまくいかず。


そんで次に
「頂上までのルートにはいくつかあるけど、
 どれをどう登ればいいのか素人にはわからない」
これもまた、他にも登山のグループがいるだろうから、
聞いて教えてもらえばいいということになっている。
コンサルしてもらえと。
運よく見つかって話を聞く。
しかし彼らの言っていることは
言葉そのものとしては通じるが、専門用語が多すぎてよく分からない。
「よくこんな状態で登ろうとしたな」と陰でこっそり言われる。
足手まといになるだろうから、彼らはあなたに「ついてこい」とは言わない。
「中断して、計画を見直しなさい」というのが最終的な意見となる。
しかしあなたはここまで来た以上引き下がれない。
上司に意見を求めても、同じこと。


とりあえず上り始める。
足場の岩はもろく、天候も悪い。日々、遅々として進まず。
疲れきって、半ば朦朧となりながらそれでも登り続ける。
ふと、気づく。
「今からエベレスト上れ」という指示だったけど
それってどこまで登れば良いことになるのか?
頂上まで?しかし、頂上ってどこを指している?
たくさん峰があって、それぞれが頂上じゃないの?混乱しだす。
「頂上」どころか「エベレスト」や「上れ」の定義を疑ったりもする。
曖昧なのならば、途中まで行けるところまで行って引き返しても同じではないか?
そもそも、山を上ることにどんな意義があるというのか?
「そこにあるから登るのだ」という名言を残した人がいることを思い出し、
「何言ってんだ、バカ」と逆恨みするようになる。


なんにせよあなたは身の危険を感じた。
このままでは登頂を完遂できない。
しかしあなたは上司にそれをうまく伝えることができない。
感覚的にそう思うというだけで、根拠がない。
上司に相談してもこんなことしか言われない
「引き返さなきゃならない根拠がないのなら今のまま続けろ」
さらにこんなことまで言われる。
「当初の予定よりも遅れているじゃないか。
 ルートの見直しなど改善の努力は日々行っているのか?」


遭難して死んでもいいかと考えるようになる。
あなたが失敗したところで他にも替えの人がいるということをあなたは知っている。
上司もそんなことを匂わせている。
怪我や病気になったとしても、特に精神的にやられた状態となったとしても
「医者を紹介するから」「おまえのことはこちらで、高く評価するから」というだけ。
何か本質的な部分で、あなたが人として期待するものは得られない。


登りきったとしよう。
上司からねぎらいの言葉をかけられる。
「おめでとう。よくやった。君ならできると思っていたよ。
 じゃあ次はキリマンジャロに挑戦してくれないか?」