「エミリー・ウングワレー展」

ちょっと前の話になるけど、3連休の3日目、
六本木の国立新美術館で行われていた「エミリー・ウングワレー展」を見に行った。
前の日、たまたま母から電話が掛かってきてこの回顧展の話になった。
NHKか何かの美術番組で取り上げられていて、とてもきれいだったのでとても見てみたかったと。
ボーナスが出たばかりの頃、国立新美術館ミュージアムショップに
freitag のカバンを買いに行こうとしていた僕は、じゃあと見てみることにした。
http://www.emily2008.jp/


サブタイトルに「アボリジニが生んだ天才画家」とある。
何が驚くかって、それまでアボリジニの儀式のために
砂絵やボディ・ペインティングは描いていたにしても
正式な「美術教育」は受けたこと無し、
オーストラリア政府のアボリジニに対する教育プログラムの一環として
70歳近くなってから布地へのろうけつ染めを学び、
80歳を前にしてキャンバスに向かって描き始め、
1996年に86歳で亡くなるまでの8年間に3000から4000点もの作品を残したという
余りにも異色な経歴。
ひとたびその作品が紹介されるや、美術界を瞬く間に席巻。
「オーストラリアを代表する画家」
「20世紀が生んだ最も偉大な抽象画家の1人」とまで称される。


確かにすごかった・・・
これは天才だ。
色彩を表すための線や点の描き方として、こういうの他に見たことない。
アボリジニの何千年にも及ぶ、長く受け継がれてきた伝統が
自由奔放な才能という器にめぐり合ってほとばしった。
そのマグマのようなエネルギーに圧倒される。
ヤムイモとか砂漠の種子とか、「アルハルクラ」と呼ばれる、故郷の風景。
テーマは一貫して同じ。これらがエミリー・ウングワレーの生活や人生の全てだったのだろう。
そしてそれを何度も何度も描き続けた。様々な色彩で、様々な線と点を用いて。
描き続けるうちに絶え間なくそれが変容、というか進化していく。
生き急ぐようにフォルムを変えていくことで
20世紀の美術様式の変化を、たった1人で何物の力も借りずにたどっていく。
何かに導かれるかのように。
まるで普遍的な美の世界には神様のようなものがいて、
選ばれた一握りの人は導かれるのだと言うかのように。
そしてエミリー・ウングワレーは全身全霊をかけて付き従った。果てしなく描き続けた。
その力強さに何よりも感動する。


ひたすら描き続け、亡くなる2週間前の作品は抽象絵画としての最高峰にまで上り詰めていた。
向かい合ったとき、僕は背筋が凍るような思いをした。大げさな言い方だけど。本気で。
キャンバスに刷毛で大胆に絵の具を塗り重ねた、というだけのものでしかない。
だけどそこに表された色彩の圧倒的な正確さ、必然性。
言葉とか意味というものを超えた、例えば、そう、「宇宙」としか呼びようのないもの。
彼女にはこの世ならぬ何かが見えた、死を前にして、その世界へと通じる入口が垣間見えた。
そういうことなのだと思う。


例えばさ、何年か前にゲルハルト・リヒターの回顧展を見に行って
パッと見、似たような抽象画があって腕組みしながら
「意味がよく分からないけど、とにかくなんかすごいなあ」と思った。
そういう次元じゃないんですよね。
リヒターの作品が「意味」というものを通じて「何かを表そうとしている」のならば、
ウングワレーの作品は「その何か、そのもの」だった、というか。


いろんな人に見てほしいと思ったけど、残念なことに7/28(月)で終わってしまった。


母にはポストカードのセットを買って送った。

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それにしても、「ドリーミング」って気になるね。
会場で配っていた作品リストの用語解説にはこのように書かれている。引用します。
アボリジニの世界観に関して用いられる言葉。
 アボリジニの宇宙観や創世、祖先、宗教的および社会的な行為に関する掟、
 彼らの生活を支える霊的な力、それらに関する物語を包括的に差す。
 個人、集団ともにそれぞれの故郷(カントリー)にまつわる
 ドリーミングの物語(ストーリー)を司っている」


ブルース・チャトウィンの「ソングライン」であるとか。
ヴェルナー・ヘルツォークアボリジニを題材に映画を撮っていたような。
未見だけど、「緑のアリが夢見るところ」


「ドリーミング」について、もっと触れてみたいのだが。