19歳の夏

「あの人は今、どうしているのだろう?」とふとした瞬間に思い出す。
過去の一時期、人生が交差した誰かのことを。


何がきっかけだったかは思いだせないが、学生時代、バイトしてた店の店長のことを思い出した。
前にも何回か書いているが、僕が元々バイトしてた店の向かいにビートルズ関連グッズを売る店があって、
そこの店長と仲良くなった僕は大学2年生の春から夏にかけてそこでも掛け持ちで働いた。


元々は九州の会社が、東京に進出。
国立のショッピングセンターで1年営業して
吉祥寺のパルコへと移ったんだけど、売り上げが悪くて半年で撤退した。
そしてそれっきり。ビートルズの店は無くなった。
九州に引き揚げて、店長ともその後会うことはない。
風の便りにどうしたこうしたということも聞かない。


これだけのことならば、思いだすこともないだろう。
だけど、それ以上の出来事があって。ある意味、僕の人生に大きな影響を与えた。
最近この話をしてないので知らない人ばかりだけど、
青森から上京して1年ばかり、
さえない田舎者だった僕は女性と交際することもできず、悶々とした日々を過ごしていた。
そのことを知っていた店長からある日飲みに行こうと誘われて
パルコの屋上のビアガーデンに行ってジンギスカンを食べて、
その後「お金出してあげるから」と
その当時近鉄デパートのあった裏辺りの風俗店街に僕を連れて行って、本番有りの店に。
薄暗い店内はカーテンで仕切られていて、店の女の子と水割りを飲んで、
「初めて?」とかそういう会話を交わして、・・・
ジーパンとトランクスを脱いだ僕はソファーの上でなすがままになって、彼女は上になって。
最後にサービスってことでディープキスをして。
19歳の夏だった。


僕の上で裸になって動いている女性を眺めながら、取りとめもないことを考えた。
「こういうものなのか」と思った。ああ、こういうものなのか。
何が特に気持ちいいというものでもなく、
肉体的なものと精神的なものとがごちゃ混ぜになったような、
漠然とした違和感ばかりが積み重なっていく。
どうして僕は今、ここにいるのだろう?こんなことをしているのだろう?


大事なのは、下になった僕は何もしなかったということだ。
この次どうしたらいいんだろう?と悩むこともない。
お金も僕が払ったわけではない。
受身になって、「胸を触って」と言われたら胸を触って、
「早く終わんないかな」と思っていた。そして時間が来て、終わった。
それが僕にとっての最初の性的な体験だった。
何の達成感もない。僕という人間は何も変わらない。
だけどそのとき、僕は何かをなくした。
人として大事な、何かを。
空しいものなんだなあ、と僕は思った。
帰りの電車の中で、僕は大勢の人を眺めた。
この中の何人かは、家に帰った後で性的な行為を行う。
行うことになっている。
窓の向こうに見える家々のどれかでは今、正に性的な行為が行われている。
僕のこの世界に対する見方は、この日を境にほんの少し変わったように思う。


店長を恨んだりはしない。
むしろ感謝している。
僕はもっとおかしなことになっていたかもしれない。
この程度で済んでよかったのだ。
何が?とあなたは聞くだろう。
いろんなことが、と僕は答えるしかない。


店長が東京を引き払う前の日だったか、その日も飲んで店長のアパートへ行った。
荷造りが半分ぐらいなされていた。
帰り際に僕はギターをもらった。
終電を逃して、僕はギターのケースを肩に担いで国分寺から小平まで歩いて帰った。
僕はそのギターをどうしたのか、覚えていない。


それが、僕の19の夏。