「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」

先週の日曜、昼まで寝てたら母から電話。
起き上がれずにいるうちに留守電になって、NHK日曜美術館で見たのか、
「上野で今、ヴィルヘルム・ハンマースホイという人の絵をやってて、
 よさそうだから見に行ってきたら?お母さんに画集か絵葉書買ってきて」と。
この人は駅の広告で見て、前から気になっていた。
せっかくの3連休何の予定も無いのもなんだな、と昨日見に行って来た。


ヴィルヘルム・ハンマースホイ
19世紀末から20世紀始めにかけて活躍したデンマークの画家。
日本ではほとんど知られてないので空いてるだろうと思っていたら、かなり混んでて驚いた。
日曜美術館を見た人が多いのではないかと思われる。3連休の中日だし。
なので人込みの中、落ち着いて見られなかった。残念。


回顧展のHP
http://www.shizukanaheya.com/top.html
このサイトのトップページにある、
広告にも使われた「背を向けた若い女性のいる室内」を見てほしい。
灰色の空気に包まれた、静謐な空間。
こちらに背を向けた女性。
これがヴィルヘルム・ハンマースホイの全てだと思う。
ひっそりとした部屋の中に女性が佇んでいる。あるいは、そこには、誰もいない。
どれだけぬぐっても消すことのできない、人間本来の、根源的な孤独。
見てて寒々しい気持ちになってくる。
北欧ってこともあってか、ムンクの絵を見たときのことを思い出した。
絵のトーンはまるっきり違うけど、内に秘めたものはなんだかよく似ている。
個々の人間ではなくて、人類そのものに対する不信、絶望。


この展覧会のよいところの1つとして、
ハンマースホイと同時代に活躍して親交のあった2人、
カール・ホルスーウやピーダ・イルステズの画家の絵もまとまって展示している。
3人の絵を比較してみるとすぐに分かる。
洗練された美しい、落ち着いた雰囲気の部屋。その中で佇む女性。
モチーフは全く一緒なのにハンマースホイの絵だけが引きつけられる。
カール・ホルスーウやピーダ・イルステズの絵が特に悪いわけではない。
部屋の中に飾るのならば、むしろこの2人の絵のほうだろう。
しかし、この2人の絵にはハンマースホイのように
後代の人間にインスピレーションを与えるものは何もない。
ただ、小奇麗なだけ。目の前の事象をキャンバスに描いただけ。


「背を向けた若い女性のいる室内」の絵が秀逸なのは
描かれた主人公がこちらに背を向けているところにある。
ゲルハルト・リヒターの「ベティ」
アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界
彼女たちがそのとき、何を見つめ、何を思ったのか、鑑賞している我々には何も分からない。
しかし、それゆえにそこには何かがあって、だからこそ、絵として伝わるものがある。
開かれていて、永遠に未完成。
主人公の女性たちはその顔をこちらに向けることで
絵の中の被写体として完結するのではなく、
自立した1人の人間として、絵の外のどこか別の世界を求めている。
果たして彼女たちが見つめているものはいったい何なのか?


誰もいないがらんとした部屋の絵を集めたセレクションがあって、
僕としてはこれが最も印象深かった。
常温なのに、ひんやりとした空気で満たされている、そんな孤独。
あらゆる「部屋」というものは人間によって利用されることを前提とされている。
なのにそこから人間の存在を剥ぎ取って、空虚な「空間」そのものへと還元する。
やはりこの人は癒すことのできない、絶対的な孤独に囚われていたのだ。


母には回顧展の絵葉書と来年のカレンダーを買って送ることにした。
東京都美術館ではフェルメール展をやってたけど、恐らくここよりも混んでるだろうと見送り。
でも来月には終わってしまう。
フェルメールならまた来年にでもすぐ来るか。