「ブラインドネス」

この前の土曜はほんとならばボサノヴァの神様、
ジョアン・ジルベルトの来日公演を見に行くはずだった。
本来11月頭の3連休だったのが健康上の理由により12月に延期、
そして今回遂にキャンセル。
腰痛の治療が思わしくなく、長距離の渡航が不可とのこと。
年齢のことを考えるともしかしたらもう2度と機会はないかもしれないな・・・


予定が空いてしまったので、映画を見に行く。
ブラインドネス」「トロピック・サンダー」の2本。
調べたら丸の内ピカデリー
午前2回が「ブラインドネス」で午後3回が「トロピック・サンダー」という
変則的なプログラムになっていて、ちょうど切れ目の前後の回を見る。
どちらも客の入りは全然だったな・・・


ブラインドネス」なんて悲惨なことになっていた。
いい映画なのにな。でも、大きなシアターで見るような作品ではない。
短観上映系が間違って紛れ込んだかのよう。
主演のジュリアン・ムーアでそんなに客が呼べるとは思えないし、
パニック映画・サスペンス映画はそこそこ客が入るだろうと判断されたということか。
ある日突然、視界がホワイトアウトして失明するという感染症が広まって・・・、という内容。
でも、原作がノーベル文学賞を受賞したジョゼ・サラマーゴの寓話的な小説、
監督が「シティ・オブ・ゴッド」のフェルナンド・メイレレスでという組み合わせで、
何とも格調高い。
ジョゼ・サラマーゴは自分の作品を安っぽいゾンビ映画にしたくないと映画化を拒んできたそうだけど、
この作品におけるホワイトアウトに包まれた世界の描き方の美しさを見たら、きっと納得するでしょう。


寓話。
感染して、精神病院に収容所される患者たち。
食料が届けられるだけの隔離された生活。
盲いた人たちが押し込まれた空間なので様々な残骸が打ち捨てられたままとなり、
すぐにもそこは荒れ果てる。ベッドの数も足りなく、それでもどんどん人々が押し込まれていく。
劣悪な環境の中で人々は次第に堕落していく。疲れ切った生き物となtる。
王と名乗る男が食料を独占し、最初は金品で、後に女性たちの体と引き換えに配給を行う。
収容所を取り囲む警備兵によって射殺されるものたち、収容者たちの争いで命を落とすものたち。
最初に感染症に接した医師が集団のリーダー役となり、
その妻のジュリアン・ムーアがなぜか感染することなく一人だけ目が見える。
物語はこのジュリアン・ムーアを中心に展開していく。
彼女は王の圧政に耐えかねた末にある決断を下し、
そして外の世界、終わりを迎えた世界へと出て行くのであるが・・・


フェルナンド・メイレレスの力量は文句なし。
安っぽいスリラーになりそうな題材が芸術にも偏らず、エンターテイメントにも偏らず、
唯一無二の作品「ブラインドネス」として生を受けた。
荒廃した世界のリアリティーは素晴らしい出来だと思う。


でも、残念なことに日本から出演した準主役級の2人、
伊勢谷友介木村佳乃の大根っぷりはひどすぎたと思う。
出てきて日本語のセリフを言う度に耳を覆いたくなった。
なんであんなふうにセリフが棒読みになるんだろう。
前にもこんなことがあった。「硫黄島からの手紙」とかさ。
「感情を抑制させた話し方」を求めているのではないか、
そのとき、海外の監督にとって素直に聞こえる日本語って棒読みとなってしまうのではないか。


その一方でわがままな「王」を演じた、
アモーレス・ペロス」や「モータサイクル・ダイヤリーズ」「バベル」の
ガエル・ガルシア・ベルナルの素晴らしさ。うまいね、ほんと。
メキシコ出身。今この世界で最も優れた役者の1人だと思う。
映画に映る一挙手一投足、目が離せない。息遣いがいいんですよね。
スティーヴィー・ワンダーの「人類愛」豊かな
「I Just Called To Say I Love You」を歌う場面が狂った世界の描き方として秀逸。


見えること、見えないこと、見えているということ、見えていないということ。
この区別についてもうちょっと哲学的な考察の入ったストーリー展開だったら、
名作となったと思う。踏み込もうとしつつ、寸止めにしたようで、もどかしかった。
そこもまた、残念なところ。
突然視覚が奪われることによって、人はどんなふうに変わるものなのか?変わらないものなのか。
集団として寄り集まって暮らしていくうちに、人はモラルが低下していくだけではあるまい。
例えその日その日を生きていくのがやっとだとしても。
だからこそ生まれてくる希望や考察がありえるのではないか。
その中でたった1人「見えて」いるならば、彼女にも何かしらの思いが生まれてくるのではないか。
盲人たちの世話に明け暮れて疲れきる以外に。


ジョゼ・サラマーゴの原作は実はそこまできちんと踏まえているのではないかと、気になった。
読んでみたい。


パンフレットを買ったらとても分厚かった。
映画の場面を切り取った写真が多く、白と黒を基調にしたデザインがとても美しかった。
主要な役者へのインタビューなど、情報量も多い。
近年まれに見る、パンフレットの傑作。