大島渚

昨年11月末、大島渚監督のDVD BOXが発売されることを知って、12月はボーナスも出るしと予約。
届いて、この3連休に1本ずつ見た。
収録されているのは「飼育」「忍者武芸帳」「絞死刑」の3本。60年代の転換期の作品。


大島渚監督のフォルモグラフィーを調べてみたら、
これまで僕、1本も見ていないことに気づいた。
「戦場のメリー・クリスマス」も「愛のコリーダ」も。
「戦メリ」は坂本龍一のテーマ曲が大好きでよく聞くというのに。


大学時代、1本も見ていないのに、
映画サークルで大島渚についての議論に加わっていたかもしれない。
そう思うと恥ずかしい。


「新宿泥棒日記」ってのが何よりも見てみたいんだけど、昔出たDVDは廃盤。
amazon でも入手できず。
今回のDVD BOXが「1」ってことになっていたので、
「2」が出るならば是非とも「新宿泥棒日記」を入れて欲しい。


最近は大島渚ってテレビ出てるんだろうか?
コメンテーターとかで和服着た大島渚を昔、よく見かけた。
でも、その作品を見たことのある人って少なかったんだろうな。
鈴木清順も、そう。NHKの連ドラに出てたりしたし。
世界ふしぎ発見に出てた羽仁進が映画監督だってどれだけの人が知っていただろう?


(調べてみて今更ながら知ったことなんだけど、
 「クイズ面白ゼミナール」や「気くばりのすすめ」や
 紅白の「私に1分だけ時間をください」事件で有名なアナウンサー鈴木健二って
 鈴木清順の弟なんですね)

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「飼育」


大江健三郎の小説の映画化。
学生時代に文学かぶれだった僕はもちろん大江健三郎にも手を出して・・・、
後期の作品は読んだことないんでよく分からないんだけど、
初期から中期に差し掛かる頃の作品はすごかったなあ。圧倒された。
小説家って、選ばれた人しかなれないんだなあとため息をついた。


この作品が初めて見る大島渚、ということになった。
どうなんだろうな。
終戦間際のどこかの村。
21世紀の東京に住む僕としては土着的な雰囲気はよく出ているように思うが、
そしてそれが作品のリアリズムとして成功の部類になっているように思うが、
実際のところはどうなんだろう?
古びてはいない。
だけど、原作の内容と雰囲気を映像に置き換えただけ、と言えなくもない。
野心作ではあるけど、代表作ではないんだろうね。


原作が異世界を覗き込む子供からの視点(マジカル)だったのに対し、
映画は戦時下における大人のいがみ合いが主題(現実的)だというのが
賛否両論ありそう。というかやっぱり小説の方が「豊穣」という印象を受ける。


なお、黒人兵士役のヒュー・ハードってどっかで見たことあるなあと思ったら
ジョン・カサヴェテス監督の第一作「アメリカの影」に主演していた。
大島渚は当初、「バナナ・ボート」のハリー・ベラフォンテを目論んでいたという。

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忍者武芸帳


白戸三平の原作を映画化なんだけど、実写化でもアニメ化でもなく、なんと
原画のコマを撮影して編集したというもの。セリフは役者がアフレコ。
えー?そんなんでいいの?と思うが、実はこれが正解なのかもしれない。
白戸三平の、簡素だけど躍動感ある劇画を映像にするには。
単にコマを映して切り替えていくだけでなく、ズームあり、パンあり。
大きなコマは接写して、それがスッスッスッと跳んでいく。


錯覚なんだろうけど、見終わった後には動いた絵の印象が残るんですよね。
細やかな表情の動きもあったように感じる。不思議なもんです。


最上を舞台にした領主・村人たち・(暗躍する)忍者たちの入り組んだ争いが
やがて織田信長明智光秀本願寺一揆へとスケールの大きな物語へ。
これを一気に2時間で語りつくしてしまう。
カムイ伝」を途中まで読んでいて白戸三平には慣れていただけど、
忍者武芸帳」は読んだことがなかった。
なるほど、こういう話だったのか。

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「絞死刑」


死刑執行されたはずの若者がまだ生きていて、記憶を無くしている。
その日の仕事を終わらせるには記憶を呼び戻して、再度死刑を受けさせなくてはならない・・・
そんな出だしのブラック・コメディ。
・意見らしい意見を言わず、デンと構えているだけの検事
・中途半端なヒューマニズムを振りかざす牧師
・ケチな現実主義を貫く検視担当の医師
・刑務所という小さな場所の権威にしがみつく署長
こんな感じで登場人物が分かりやすくデフォルメされて、丁々発止のやりとりを。
記憶を呼び戻すためにみんなで事件の再現ごっこに興じ、やがてはままごとにまで発展を。
刑務所の一室という密室にて行ういい年した大人たちのブザマな寸劇に失笑する前半。


それが犯行現場に出て事件の再現を試みる中盤を経て、
後半は一転、硬派な論議が交わされるようになり、映像も幻影的になる。
罪とは何なのか?国家とは?在日朝鮮人はこの国においてどう在るべきなのか?


実在の出来事を映画化したものであるという。「小松川高校事件」
昭和33年、極貧の生活を送る中で定時制高校に通っていた
聡明な在日朝鮮人の少年が2人の女性を強姦殺人したというもの。
映画の中でそれは貧しき少年が「想像」の中に全てを求められるしかなくて、
その昂じた末に、ということになっている。
少年が獄中で残した書簡や大江健三郎を初めとする当時の知識人が題材に求めた小説など
たくさんの傍注が残されているが、これもまた昭和史の闇として消えていくのか・・・


映画は当初、オーソドックスに事件に至るまでを描こうとしたが、
大島渚が松竹を出て映画の撮れなかった60年代半ばに改稿を繰り返すうちに
失敗した死刑、その1日という斬新なスタイルになったのだという。
戯画化された論議、刑務所にわざとらしく掲げられた日の丸。
布団の中、少年と「姉」の触れ合いは美しく描かれたポルノ映画のようで。
言葉によって交わされる様々な主張。
その背後にある舞台セット、動作、筋書きの流れ、
全てがメタファーとなっていてその2重構造が素晴らしい。
結局のところ、この映画が問題提起するものは何も解決しない。
個人とは?主体とは?そんなところにまで踏み込んでいく。


川の中の浮島にて、「姉」が少年を膝枕して抱きかかえるシーンが美しい。
だけどそれが何を意味するのか、1度見ただけでは僕には分からなかった。


大島渚の代表作ということになっていて、僕もそう思う。
よくできている。
見る価値あり。